弊ブログ記事から2点引用します。
*****引用開始*****
①2020年5月10日 (日) 「理性の酩酊」
僕は、高校生以来、幾度となく三島由紀夫『文章読本』1959年(中公文庫1995年)を読み返してきた。時折、何かの拍子に、脳裏を過(よぎ)るのは、「理性の酩酊」という、以下の三島の泉鏡花評だ。
「理性の酩酊」と私が言うのは、言語芸術である以上、われわれは言葉を通して、言葉を媒介にして感覚に落ち込むほかはないので、いずれは理性の作用に頼っているからでもありますが、鏡花の文体はこのような理性が、理性自体でたどり得る最高の陶酔を与えてくれると言っても過言ではありますまい。(1995年、p.57)
僕は三島の小説はほとんど読んだことがないし、本書が漱石や荷風、藤村を一顧だにしないのは少し惜しいやら、むしろ三島からすれば当然なのかもしれないが、この『文章読本』が現在望み得る最高の、気品と格調を体現した「日本文学小史」であることは僕にとって否定しようがない真実だ。
②2025年5月11日 (日) 「理性の酩酊」としての文学、あるいはパトスのロゴス的解放
昔、三島由紀夫が、小説とは「理性の酩酊」だと書いていました。
※三島由紀夫『文章読本』1959年(中公文庫1995年、p.57)の泉鏡花評。
書き手による言語操作は明確に意志的、理性的な行為です。書き手は、その言語操作で創り出した世界に、ひとの理性/情念未分離の「こころ」を活写します。一方、読み手は、文字を読むというロゴス的な手続きを経て、ロゴスの先にある不定形な「もの/こと」を感取します。そういう力能が「文学」にあります。私にとって下記の文がその一つです。
「・・、叉かういう打てば冴えた音を發しさうに思へる程緊密に言葉を配置した文章を書くものが、その為にどんな苦労をするかは察せられるが、その苦労をすることが出來るものにとっては文学はさうした作品以外のどのようなものでもない筈である。」
『吉田健一著作集 第16巻』集英社、1980年、p.274、「作者の肖像」より
おそらく、文学以外のコミュニケーション・メディア、例えば、演劇、舞踊、音楽、スポーツ、武道、儀式、等。そういった身体表現メディアであれば、文学とはコミュニケーションのチャンネルが異なるので、理性/情念未分離の「宇宙」を創造可能なのでしょう。しかしそれらは、創作した端から、テンポラリーに消えていきます。その「宇宙」は、その時、その場所の共有者たちだけが感得できた五感的世界となります。だから、たとえ《理性を吹き飛ばされる感覚》や《ロゴスを超出する体験》を得ても、その時、その場から時間的・空間的に退いてしまうと、その共有者たち(私たち)は、旧態依然たる日常感覚の《私》に復してしまいます。
その意味でいえば、文字で残る文学だけが、ロゴスに則りながら、ロゴスを超える可能性を持つと言えるのかも知れません。人間という存在の「わからなさ」、「不気味さ」の証明、あるいはその痕跡。それが文学の「正体」なのか。文学が基本的に「読め」ない私にとって、文学は今でも、多分いつまでも「謎」のままです。
*****引用終了*****
上述のように、いったい Logos が Pathos を記述可能なのかという「謎」は、いまでも「謎」のままです。
ただ、自分の経験上、確かにあるとしか言いようがありません。
小学5,6年の頃、いわゆる、少年少女のための世界文学全集を父親が配本毎の定期購読をしてくれました。その中に、北欧篇があり、デンマーク篇に当然、アンデルセンがありました。そこに「人魚姫」が収められていたのです。その悲劇的結末に、小学生の私は涙が止まりませんでした。いまでも、人魚姫の行き場のない痛み、悲しみを思い出すことができます。ひとは、「こころ」から血を流すことがある、と小学生の私は知ったのです。
だから、事実として、言葉(logos)が感情(pathos)を描写し、読書という極めて logical な行為が、その読み手に情念の激流を感得させることは可能であり、恐らく papyrus や、木簡・竹簡以来、二千年を超える人間体験がそれを証明していると思われます。
◆homo sapiens における二つ目の「身体」としての「こころ」
そこで、少し考えを変えてみました。これも abductive trial です。
そもそも homo sapiens の「こころ」は、言葉とともに誕生したと考えるべきではないのか。
つまり、「こころ」は言葉でできている。あるいは、「こころ」は言葉から生成された、homo sapiens のもう一つの「 vulnerable な身体」なのではないか。
それであれば、他者の「ことば」に容易に傷つき、時に血を流すことが有っても当然で、言葉通り「精神的外傷」もあり得ます。そして、他者の「ことば」によって慰撫され、外傷が癒されることもあるでしょう。
また、その「身体性」から、身体と同じように「病」におかされても不思議ではないし、《時》の経過による「傷」や「病」の自然治癒だって当然あると考えられます。また、それが「瘡蓋」のままで、何十年後でも、他者の言葉や「場」の想起によって「瘡蓋」が剥がされ、新しい「血」を流すことも十分あるでしょう。
とすれば、homo sapiens には、「身体」が二つある、と考えても許されるでしょう。一つは、主に蛋白質でできた、生物としての身体。もう一つは、言葉(言語)で生成される「身体」、いわゆる「こころ」です。
他の動物にも、その使用する《言語的な記号》の在り方に応じて、おそらく「こころ」的なものはあると推定することは可能ですが、やはり homo sapiens の「ことば」とはかなり異なるでしょう。従いまして、homo sapiens 同士の communication レベルでの、ひとと動物の交流はまず無理で、感情/情念といった「身体知」に近接する「こころ」の部分での交流となるかと考えます
◆homo sapiens における「不死」への欲望と「二つの身体」
homo sapiens は、生の起点と終点を理解しながらも、その一方で、不老不死を(密かに)欲望する生き物だったと思います。「己の体はいつか朽ち果てて塵となり土に還る」という事実を肯定せざるを得なくなればなるほど、そうではない「自己」を妄想し、欲望する。そしてついには、「文字」を生み出しました。
ここにおいて、第一の身体の不老不死は不可能でも、「こころ」という第二の身体を不老不死にする可能性が開かれました。homo sapiens が「文字」を生み出してから三千年間、倦まず弛まず、飽きもせず、「文」を産出してきたのは、その胸底に「不老不死」の欲望があったからではないか、と思います。
徳川日本の19世紀は、「文字」を手にした庶民が生産者となり、文書が爆発的に列島に溢れかえりました。それまで貴族や仏教僧、儒家的知識人たちだけの特権だった、文字に託された自己の不老不死化願望が、庶民身分にまで解放された結果がこのある種の異常事態を生み出した、と考えてみることもできるか、と思います。
◆西欧知識人と徳川日本の庶民における「書き残すこと」
おそらく、西欧知識人は、彼等の伝統の不変不朽の価値「真善美」の世界への参与する名誉を得る、という願望、欲望がその根底にあったのでしょう。
一方で、徳川日本の庶民ライターは、多分「いつか誰かに読まれればよい、嬉しい。」という気分だったのではないでしょうか。「書く」ことは、他者に「読まれる」行為によって、新たな生命を吹き込まれる。
人類史的な大思想、大哲学、大文学を「生み出す」ことで不朽の「己(おのれ)」となる、のではなく、いつか誰かに読まれることを通じて「text が甦る」ことで不朽の命を得る。これに徳川庶民は賭けたのではないか、と思われます。ただし、徳川庶民は、血相を変え、眦上げてそれを願望する、などという《野暮》なことはしません。「読まれれば儲けもの、読まれず塵に還ればそれも一興」という心の構えだったのではないか、と憶測します。
ネットワーク上の表現空間を手にした21世紀に生きる徳川日本の子孫たちが、ご先祖様の境地に至っているのか、あるいは至れるのか。私自身の行状を含め、聊か悩むところです。
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