Buddhism (仏教)

2025年1月12日 (日)

《文明化》とは《家畜化》である/ Civilization is domestication

まず、いまから66年前に出版された本から引用します。

 私はアッサムの未開民族の地域を旅して、ヒマラヤに入ったときほど、高度な宗教政治組織をもつ社会というものがいかに、それを持たない社会と異なるものであるかを痛感したことはない。たとえ両者ともに私たちの生活水準から見れば、あまり違わず未開に見えようとも、そこには大きな違いがある。この違いをうまく説明することはなかなかむつかしいが、ここでチベット人の表現を借りよう。チベットはかつて仏教をもたなかった人々(彼らは野蕃人とよぶ)が仏教を知り、その信仰に入るということを、野生の動物家畜化するという表現と同じ語を使う。たしかに私の観察をもってしても、一言にしていえば、アッサムの未開民族を野生の動物にたとえれば、ヒマラヤの民族は、ヒンドゥ教徒やキリスト教徒とともに家畜に相当する。アッサムのジャングルからヒンドゥ教徒、あるいは仏教徒のいる地帯に入ったときに感ずるいいしれない安堵感といったものは、ぴったりそれに当る。もうここでは私の常識を逸して、意味なく殺されるというようなことは絶対に起こりえない、という、そして道は外の世界に通じているという解放的な安堵感である。封鎖的な未開民族の社会にいるときは、自分の育った社会的習慣、価値観をゼロにして、彼らのものに従わなければならない。それを不幸にして知らずに、彼らの心の動き、慣習の掟に反して触れようものなら、私はたちまちにして、彼らのたけり狂う本能の餌食にならなければならない。少しも休めることのできない神経と、想像力を使っていなければならない緊張感が、常に底流となって私の中で流れつづけていた。
 しかし、ヒマラヤは違う。仏教によって人々の本能はためられ、コミュニケーションの可能性によって、他の社会 -自分たちと異なる価値、習慣をもった- の人間がいるということを人々は知っている。精神は陶冶され知識は比較にならないほどその量をましている。ヒマラヤの人々が神秘で未開に見えるという人たちは、その人たちにチベット仏教や、その社会に関する教養のない故である。日本の、東洋の文化を少しも知らないヨーロッパ人が日本人を気味悪く思うのと同じことである。
 高度な宗教がその社会に定着したということは、未開から文明への重要なメルクマールとなる。私たちは十九世紀以降の西欧文明の飛躍的な発展に強く影響され、ともすれば文明とは近代ヨーロッパに象徴されるものと思いがちで、欧米が文明国であり、アジアはそうではないようにさえ思っているが、その一つ奥に、こうしたところに人間社会の未開と文明がはっきり見分けられることを忘れてはならない。特に長い人類の歴史において、人間の精神の成長過程を思うとき、この問題は大きな重要性をもってくるのである。
 アジア・アフリカ問題を取り扱うときにもこうした見方は、複雑な諸現象を理解する助けにもなろう。アジアの中でも、早くから中国、インドの高文化の伝播した蒙古、チベット、ヒマラヤ、東南アジア大陸部、インドネシアなどは、フィリッピン、その他の太平洋の島々、アフリカなどから、その文化、社会の質が大きく区別されなければならない。後者においては、いわゆるヨーロッパ諸国が外に発展し、征服につづく植民政策に伴ってキリスト教文化がプリミティヴな社会に直接浸透したのであり、高文化との接触の時期は前者に比して驚くほどおそく、その接触の仕方も非常に異なっている。アジアを考えるとき、この大きな相違が日本人ばかりでなく、欧米の人々にもあまり気がつかれていないようである。
 高文化の伝播及びその受容ということは、社会を単位として行われてはじめて実を結ぶものである。宗教においても、宣教師が未開民族地帯に入って行って、その社会のニ、三人の個人がキリスト教徒となったとしても、社会全体がキリスト教文化の複合体としてそれを受容しないかぎり、その個人の底流には依然、未開のままの地が残されているのである。その社会の過半数の人々が受容し、何世代も、何百年もそれが行われて、はじめて定着するものである。

出典:中根千枝『未開の顔・文明の顔』中公文庫1990年7月(元版:『未開の顔・文明の顔』1959年3月中央公論社刊)
pp.98-100、引用書の圏点はカラーフォントとした。下線は引用者(renqing)による。

 塩沢先生からご紹介のあった本は、既に翻訳が出ていました。

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2022年10月30日 (日)

The future as an imitation of the Paradise

 Liang Shuming(梁漱溟), a 20th-century neo-Confucianist who spent his youth as a Buddhist and then, as an adult, became a Confucianist under the Shi Dao, said that the biggest difference between the two is that "Buddhists say that life is painful and hard, while Confucians say that life is fun and enjoyable.

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2022年9月28日 (水)

日本の若者における自尊感情/ Self-esteem among Japanese Youth(1)

(2)

 下記の本に、こうあります。(pp.227-8、カラーフォントは引用者による)
『ぼくに方程式を教えてください ー少年院の数学教室』集英社新書2022年3月
高橋一雄、瀬山士郎、村尾博司共著

 入院したての彼らに共通した特徴として、自尊感情自己効力感の低さが挙げられます。
 まず、自尊感情ですが、自分のよいところも悪いところもあるがままに受け入れ、自分を大切な存在として肯定できる感情です。言い換えれば、無理なく自然に「このままでいい」と思える感情です。実際の少年たちは、前述したような虐待や貧困などの家庭の問題を背景に、果たしてこの世に生まれてきてよかったのだろうか、と常に不安が頭をよぎります。そして、絶えず足元がぐらつき、あるがままの自分を肯定できない自尊感情の低さがあるのです。
 つぎに、自己効力感ですが、他者から褒められたり、認められたり、成功体験を積んだりすることによって、「自信がある」という感情です。言い換えれば、物事に挑戦する際のやればできる感です。現実の少年たちは、学校生活においては、早々と学力面で壁にぶつかり、ダメだしを受け続ける。「どうせバカだから、努力しても無理」と投げやりになって取り組む前から諦め、自己効力感を持ちえないのです。
 しかし、本気で向き合いながら丸ごと受け止めてくれる教官とのぶつかり合いの中で、自尊感情が育ってきます。そして、規則正しい生活のもと、当り前のことをコツコツ努力して得られる小さな成功体験。それを重ねることで、学ぶ意欲が回復し、自己効力感も高めることができるのです。自立への道のりは、こうした自尊感情と自己効力感の獲得が生き直しの起点となります。

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2022年7月 5日 (火)

心は必ず事に触れて来たる/ The mind is always in motion, inspired by things

 人のこころ(心)は、もの/ことのもたらす触発への応答としてそのたびに現前する。こころとは、みなも(水面)に投ぜられた石によって生起し、時とともに消失する波紋である、と言えるかもしれない。

徒然草(1317年?~1331年?)第百五十七段 筆をとれば物書かれ

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2022年2月 5日 (土)

欧米的合理主義のなかに内在する不合理は何に由来するのか(2)

(1)より
 amazonレビューに以下の拙文を投稿しました。同工異曲ですが、ご参考までに。

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2021年2月16日 (火)

幕末維新期における“文化大革命”/ The "Cultural Revolution" at the end of Tokugawa Japan

 以下は、

  安丸良夫『神々の明治維新 -神仏分離と廃仏毀釈- 』1979年岩波新書

への 書評記事〔2008年6月17日 (火)投稿〕を、若干改訂したものです。今さらに何故、新記事としたのかと申しますと、重要な事実を新たに付加したためです。以前の書評記事を既読の方も、お目汚しに笑覧頂ければ幸甚です。

 

 

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2020年10月 1日 (木)

Historical significance of funeral Buddhism / 葬式仏教の歴史的意義

This article is translated with www.DeepL.com/Translator (free version). It is our blog post ("葬式仏教の歴史的意義/ Historical significance of funeral Buddhism" ) that introduced Masahide Bito's theory. Please refer to the original article for details.

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2020年9月24日 (木)

「縁」と社会/ Nidana [fate] and society

承前
 「数奇な」とは、まさにこのことなのでしょう。他所さまのブログのそれもコメント欄を介して、大事な言葉が(それと知れずに)託されていたことに気付くとは・・。この交流の場を提供して頂いているブログ主である関良基氏西村玲氏へ導いて頂いた睡り葦氏、そしてこの「縁」を作ってくれていた故西村玲氏に感謝いたします。

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2020年9月23日 (水)

西村玲氏(2016年ご逝去)を追悼いたします/ In memory of Ms. Ryo Nishimura (died in 2016)

 以下、遅ればせの追悼記事です。

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2020年6月24日 (水)

江戸モラリズムへの死刑宣告者

 福澤諭吉の業務上横領罪については既に指摘しました。下記。

藤井哲博『咸臨丸航海長小野友五郎の生涯』1985年中公新書: 本に溺れたい

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