江戸モラリズムへの死刑宣告者
福澤諭吉の業務上横領罪については既に指摘しました。下記。
国文学者中野三敏氏は、これまでの氏の徳川期の和本調査の体験から、現代日本人が各図書館や書店でアクセス可能な、活字に翻刻された徳川期のタイトル数は、実際に徳川期に流通していた和本総タイトル数の1%弱ではないか、と推測しています。中野三敏氏がそう考える根拠は、下記のようなエピソードを幾度も経ているからです。
中野三敏/肥田晧三編『近世子どもの絵本集 上方篇』1985年岩波書店刊
中野三敏・解説「上方子ども絵本の概観」pp.494~5
・・・。すなわち近世の子ども絵本は、その発生期に遡って、従来の文学史の記述を完全に書き改めねばならぬ事態が出現したのである。事ここに至ってまず上方版子ども絵本の綜合的調査が必要となった。
とはいえ事柄は単純で、前述した通り上方子ども絵本の収書家など、そんなにあるはずもない。中村氏を筆頭に、大阪の肥田皓三氏、それに及ばずながら筆者の分、これだけでも一応の見当づけにはなろう。それも三人寄せ集めれば、三分の一ほどは重複するだろうというのが最初の見通しであった。しかし実際に三人分の百点ほどを集めてみて驚いたのは、殆ど重複しないことであった。さらに図書館では唯一の纏ったものとして国会図書館蔵の『絵本あつめ草』と仮題する叢書がある。これは名古屋の有名な貸本屋大惣が営業に用いたもので、約二百点ほどを、四十四冊に合本してあり、それがそっくり国会図書館におさまったものである。甚だ無惨にも全点が前後の表紙をはぎとられ、中味だけを五、六点ずつ一冊にして厚手の表紙を補って綴じてあるのは大惣の営業用の所為である。すなわち一点扱いでは商売にならぬから五、六点を一部にしなければならないほど、頼りない本であることが、このあつかいからもわかる。この『あつめ草』二百点ほどと、前述の三名分百点ほどとを突き合わせた所、これ又重複するもの僅かに数点にすぎなかった。かくして、たちどころに三百点近くの上方子ども絵本を登録することが出来たのである。その後さらに数か所の図書館にそれぞれ四、五点ずつを見出し、故瀬田氏や信多純一氏御収書をも拝見出来、その他数氏の暖かい御提供もあり、それらを綜合し、子ども絵本と認定出来るものを抜き出してょうやく後掲する程度のリストを作製する所までこぎつけた。
恐らく重複の度合いから類推して、既刊の全点数は千点を超えるものと思われ、我々がリスト・アップ出来たのは辛うじてその数分の一に過ぎぬのではないかというのが実感である。
上記、いささか長い引用になってしまいましたが、上記をもう少しコンパクトに言い換えるとこうなります。
近世の国文学史での書誌学的調査・研究は、従来、子ども絵本関しては江戸における出版物ばかりでした。ところが、上方版も徳川17世紀半ば(寛文期)からあったということが偶然判明したので、上方版子ども絵本の総合調査が必要となりました。ただ、上方子ども絵本というマイナーな分野の収書家は、全国に数人しか存在しませんでした。それは、国文学者中村幸彦氏、大阪の肥田晧三氏、中野氏ぐらいでした。そこで、そのコレクションを集めればある程度の全体像が得られるだろう、ただし、三分の一程度は重複するだろう、と予想されていました。ところが一同に集めてみたら三人分で百点で、驚くべきことにほとんど重複しませんでした。また、その集合体に、国会図書館に収蔵されていた、名古屋の徳川期貸本屋の営業用子ども絵本二百点も加えて調査したのですが、さらに驚くべきことに、合計三百点ばかりの上方版子ども絵本の中で重複したのが数点のみでした。そこから、中野氏たちは、上方版子ども絵本の出版総タイトルは千点を超えると推論しています。ちなみに、これは「上方版」子ども絵本のみの話です。江戸版はまた別にあります。
故網野善彦も、ほぼ同じ感触を得ていたようです。
近世の書誌学、書物についての研究はもっとやらなければならないことがあるはずだと思うのですけれどね。たとえば旧家に行くと、蔵に膨大な書物が残っています。ところがこれまで歴史家はそういうものには目もくれず、文書ばかりを漁ってきたのです。そもそもなぜこれほど多くの書物がこうした旧家にあるのかを含めて、その内容に即して研究すべきことは非常にたくさんあると思いますね。こういう状況から見て、江戸中期以降の本の流通量は大変なものだったはずです。
『網野善彦対談集「日本」をめぐって』2008年洋泉社MC新書、p.104〔フォント強調は引用者〕
中野三敏氏はこう主張します。現代日本人の江戸観は、江戸期の出版物の1%の知識に基づいている。それで江戸をわかったと言えるのか、と(中野三敏『江戸文化再考』2012年笠間書院)。つまり、現代日本人は、「江戸」あるいは「徳川日本」の実態を、僅かばかりの資料に基づき、議論しているのではないか、というわけです。
ことほど左様に、実は徳川期に関して、プロの近世史家でさえその正体はよくわかっていないことになります。付言しますと、子どものための絵本の商業出版は、徳川日本が世界で最初です。こういう、人類史的に重要な事実が学校日本史では教えられていない(高校の日本史教員もほとんど知らない)、というところに大きな問題があります。
ついでのついでに言いますと、古代ギリシア人には姓(family name)はありませんでした。名のみです。これは古代ギリシアの直接民主制に直結します。また、イングランド17世紀の「名誉革命」とは、オランダ軍がイングランド内戦に介入した占領でした。オレンジ公ウィリアム三世がマッカーサー、オランダ軍が進駐軍です。高校世界史ではそう習いませんが。19世紀米国の南北戦争(内戦)は、もう少しで南北分断国家を誕生させるところでした。1862年9月大英帝国が南部側のアメリカ連合を承認する寸前だったのです。そこを逆転したのがリンカーンの「奴隷解放予備宣言」でした。リンカーンの「奴隷解放」宣言は、人類の権利拡大に貢献したというよりは、一つの大「アメリカ」を維持し、20世紀を「アメリカの世紀」にしたことで、人類史的意味を持っているのです。
言葉/message には送り手と受け手がいます。
ブッダ Buddha 、孔子 Kǒng zǐ やイエス Jesus が言葉を残す。それを誰かが受け止める。歴史上の偉大な人物や思想家の言葉は、テキストとして残り、それを後世の人々が読むことになります。そのとき、私たちはその人物が「なんと言ったのか」、その発言の「真意はなにか」という点に注目します。その人物の言葉や行動が気になり、もっと知りたいと思うから、その書を繙(ひもと)くのですから、当然です。
しかし、へそ曲がりで、多数の人々の織りなすに軌跡としての歴史に関心のある私は、《聖人》たちが「なに」を「どう言った」か、よりも、人々がそれを「どう受け止め」てその後「どう行動したのか」に興味がいってしまいます。
この日本列島の初期近代(early modern age)に、本居宣長(親から与えられた名は、小津富之助)という人物がいます。生まれたのが1730 (享保15)年、没したのが1801(享和1)年 ですから、徳川18世紀を丸々生き切った計算です。この人の名を聞くと、年配の方なら、「かんながらのみち(惟神の道)」といった言葉を思い出して、昭和初期の暗い日本を連想してしまうかもしれません。生業は医師(薬師)です。この列島が生んだ最も偉大な学者の一人で、流布している古い宣長像に反して極めて明晰で、論理的な頭脳を持つ人物です。徳川中期の伊勢松坂という、大きな波乱もなく静謐な生活の中で、己の才を発揮するために天寿を全て使い切りました。歴史上、往々天才は薄命なものであることに比べると、幸運な人とも言えそうです。
これだけの人ですから、現代も含め、後世に正負ともに大きな影響を残しています。無論、彼の学問的遺産やその思想が優れて巨大なものだったことがその理由ですが、宣長の思想や学問はなにか、と問い続けている限り、彼の歴史上の意味は分かりません。宣長を他の人々はどう受け止め、どう宣長を語り、そしてどう行動したのか、を知らないと、歴史への影響力を実測できないと思います。下記はそのサンプルです。
左の画像にマウス・ポインタを重ねて拡大画像を見て下さい。真ん中、右下の置時計風の絵の下に「本居信仰 もとおりしんこう」と、字とともにご丁寧に振り仮名までふってあるのがわかります。これは、1809(文化6)年に出版された、変体仮名・草書体漢字で印された木版本(いわゆる和本)です。宣長が没して8年後に出されていることになります。
二つめの画像は、当該の頁すべてのものです。「本居信仰」以降を読んでみましょう。画像が不鮮明で、印字の状態もよくありません。さらに困ったことに現代の活版印刷の本とはかなり異なり、読むのが難しそうなので、私はあんちょこを利用させて頂きます。すると、こう読めます。
本居信仰にていにしへぶりの物まなびなどすると見えて、物しづかな人がらよき婦人二人おのおの玉だれの奥ふかく侍るだらけの文章をやりたがり、几帳のかげに檜扇でもかざしてゐそうな気位なり けり子「鴨子さん、此間は何を御覧じます」と かも子「ハイうつぼを読み返そう存じてをる所へ、活字本を求めましたから幸ひに異同を訂してをります さりながら旧冬は何角と用事にさえられまして、俊蔭の巻を半過ぎるほどで捨置きました」 けり子「それはよい物がお手に入りましたね。」 かも子「けり子さん、あなたはやはり源氏でござりますか」 けり子「さやうでござります。加茂翁の新釈と本居大人の玉の小櫛を本(もと)にいたして書入をいたしかけましたが俗びた事にさへられまして筆を採る間がござりませぬ」 かも子「先達てお噂を申た庚子道の記は御覧じましたか」 けり子「ハイ見ました。中々手際な事でござります 志かし疑はしい事はあの頃にはまだひらけぬ古言などが今の如ひらけて、使ひざまに誤のない所を見ましては校合者の添削なども少しは有つたかと存ぜられますよ」 かも子「何にいたせ、女子であの位の文者は珍らしうござります 先日も外(ほか)で消息文を見ましたがいにしへぶりのかきざまは手に入った物でござります」 けり子「さやうでござります。何ぞ著述があつたでござりませうね。」 「世に残らぬは惜しいことでござります。ホンニ怜野集をお返し申すであった。永々御恩借いたしました。有りがたうござります」
この三つの画像は、すべて同一の和本からのもので、式亭三馬『諢話浮世風呂』2編の序題:女湯之巻。文化6年の再刻本です。出典は優れた古典籍コレクションを有する早稲田大学図書館様の下記サイトからDLしたものです。
古典籍総合データベース 浮世風呂. 前,2-4編 / 式亭三馬 編 ; 北川美丸 画
そして私が上記和本のあんちょことして使用したのが、国立国会図書館(NDL)デジタルコレクションの下記です。
本居宣長は、没して10年も経たないうちに、式亭三馬『浮世風呂』によって、笑い話の種として使われました。ということは、生前からその盛名が、遠く江戸まで鳴り響いていて、富裕な町人の妻たちの日常会話に既になっていた。それもゴシップの類というより、サッカレー(W.M. Thackeray,1811―1863)が『スノッブ読本The Book of Snobs』(1848)で、イングランドの中産階級(middle class)のsnobbismを揶揄した現象と事実上同じものがあった、ということです。そして、より重要な事実は、「本居宣長の学問/思想」とされていたものが、徳川庶民にとって特別に知的なことではなく、ちょっと知的に気障なことぐらいのポピュラリティを得ていた、普通の会話アイテムになっていた事でしょう。こういうところに現れる「当たり前さ」が、普通の多くの人々をそれとは知らずに動かす、「思想」の真の影響力であると私は思います。
※参照 思想史研究における生産者主権と消費者主権: 本に溺れたい
また、同一の書物であるにも関わらず、文化6(1809)年の『浮世風呂』の和本の木版書体と、①明治18(1885)年の洋装本の活版書体、また②明治41(1908)年の活版書体がそれぞれかなり変化していることに気付きます。
②は活字が使われていますが、ところどころ変体仮名がまだ使われています。③は、②と同じく活字書体ですが、変体仮名はかなり減り、その代わり、漢字の当て字が急激に多くなっています。
変体仮名は、一音にも様々な漢字から変形した何種類かの字体が使われていたものです。平安の古代から、明治33(1900)年まで。明治33年
に、小学校令が改正(左記、画像参照)され、そのときの施行規則第16条で、一音に一字の仮名が確定・制定されました。つまり、変体仮名の使用禁止です。徳川期の木版印刷物は変体仮名/草書体漢字、明治前期の活版印刷物は、多少減りましたが変体仮名は使われていましたので、明治33年以降に初等教育を受けた日本人は、基本的に、それ以前の印刷物、特に徳川期の木版印刷物(和本)は、読むことが出来ない事態となっていた訳です。
弊ブログで何回か触れましたが、国文学者中野三敏氏によれば、徳川期に写本や木版印刷で出版され、流通した書物で、明治以降、文部省制定の正書体仮名で活版印刷化(翻刻)されたものは、大きく見積もっても、徳川期総流通点数の1%を超える程度とのことです。逆に言うと、私たち現代日本人は徳川270年間の書物のうち、99%を実は知らない蓋然性が高く、それらを読まないままで論じて来ていたことになります。
中野氏以外にも、歴史学者平川新氏が、「日本には数億点の歴史資料が未発見・未整理のままに眠ってい」て、「多くは江戸時代や明治時代に村役人を務めた旧家に保管されてい」ますが、もし「これらが全部発見され歴史研究に活用されると、これまでの歴史解釈や歴史理論の多くはひっくりかえるのではないか」と述べています。『戦国日本と大航海時代』/平川新インタビュー|web中公新書
この数億点の文書類は、当然徳川フォーマットである、変体仮名/草書体漢字で書かれていますので、問題はかなり大きいと思われます。
(2)へ。
前回、未踏の江戸時代 でご紹介しました、中野三敏氏の「和本リテラシー」関連の、日本記者クラブでの講演(100分)が Youtube ありました。
だいたい同工異曲ですが、よりわかりやすくなっていますし、興味深いエピソードもありますので、こちらのほうがお薦めかと思い投稿します。
中野三敏・九州大学名誉教授 2012.8.20 - YouTube
■あるエピソード
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■中野三敏氏関連
著者は近世文学研究の泰斗。すでに本ブログでも関連記事を数編書いている。
①近世文化の最盛期としての18世紀徳川日本
②徳川前期の「文明開化」
③未踏の江戸時代
④未踏の江戸時代(2)
本書の元になったのは、著者が平成22年の秋、東京・立川の国文学研究資料館で行った5回の講演記録。
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福沢諭吉が大嫌い、坂本竜馬が大嫌い、という、国文学者・中野三敏氏の講演(約110分)がYouTubeで視聴可能です。
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徳川前期のエポック・メイキングな事柄は、中国大陸における明清革命(1644年)、すなわち明から清への王朝交替(「華夷変態」)である。大陸におけるこの大変動の余波は、徳川前期日本に静かだが、深く長い影響をもたらした。
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吉宗の父、第二代紀州候徳川光貞は、将軍家綱吉と関係を深めるべく、嫡男に綱吉の娘、鶴姫を娶わせる。その関係強化の一環として、徳川家儒官木下順庵からその弟子、榊原篁洲の推薦を受け入れた。
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(6)より
■徂徠学ヘゲモニーの歴史的帰結
「既に我々はみなポストケインジアンたらざるを得ないのだ」と記したのは、Paul Sweezy だったか、Maurice Dobb だったのか。このところ経済学の文献にはとんとご無沙汰しているので、もはや記憶が定かではない。この伝でいけば、徳川日本の18世紀に呼吸した知識人たちにとり、「すでに誰もがポスト徂徠学派たらざるを得ない」事態が出現していた。それも全国的に。その覇権ぶりは、前出の中野三敏氏の著書や小島康敬氏の論文を見ても一端が伺える。中野氏の見取り図に従えば、それまで学芸の中心であった京から、関東にそれが移った。すわなち、列島史上初めて、学芸のヘゲモニーが箱根を越えたことになる。これが帰結の第一。
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