abduction(アブダクション)

2026年6月 3日 (水)

人間知の往還曼荼羅/The Mandala of Human Knowledge: The Outgoing and Returning

◆小さな「履歴 Log」から大きな「履歴 Log」への転記

1. Mono-Log(個の履歴)
〔定義〕個的な記録……自分が何をしたか、何を言ったか、何を書いたか、何を経験したか、何を記憶し、何を忘れたかの記録。
〔解説〕これは「個(Mono)の記録(Log)」であると同時に、他者を欠いた個人の「独白(Monologue)」でもあります。人間が限定された合理性(bounded rationality)の中で、「俺は良かれと思ってこれをやっている」と独りよがりの意味に浸っている状態。

2. Encounters-Log(遭遇者たちの履歴)
〔定義〕関係的な記録……相互に他者である個たちの出会いを通じて生成される記録であり、そこでは自分の言動が再解釈され、誤解され、認められ、あるいは変容していく。
〔解説〕Mono(個)とWorld(世界)の間には、スタティックな社会制度ではなく、「Encounters(遭遇の束)」が絶えず生成する。
個々の「独白(Mono-Log)」たちが、予期せぬ衝突を起こし、「the web of human relationships」(H. Arendt)*を編み上げていくダイナミックな現場がこの第2層。この層があるからこそ、個の物語が強制的に書き換えられる「ドラマ(演劇的現在)」が駆動する。

3. World-Log(世界履歴)
〔定義〕「世界」航海日誌(Log)への記帳……人間の行動が個的な意図を超えて、制度、記憶、物語、環境、それら全体が、ひとつの事実として「世界」という航海日誌の1頁に書き込まれ、刻み込まれること。
〔解説〕人間の行動は、まず個人的な記録に刻まれ、次に関係的な記録の中で再構成され、最終的に「この世界」の記録へと記帳される。そこでは、その「現在」の意味は未来からの context に対して絶えず開かれたままとなる《Meaning remains open backward from the future.》。

換言すれば、個のLogは最終的には「世界樹Log」の中に年輪として取り込まれるが、その年輪が「意味すること」は、「意味の探索者たち」の視界(contextの履歴的奥行)に応じて生成せざるを得ない、ということ。

*"the web of human relationships"(H. Arendt, The Human Condition, 1998, Chicago UP, pp.183-4)、ちくま学芸文庫版(1998年)、志水速雄訳、『人間の条件』, p.298「人間関係の網の目」 


◆人間知の「往」と「還」の曼荼羅

意味の生成:往の矢印】
1. Mono-Log(私の独白・行為)
  ↓ 投げ込まれる
2. Encounters-Log(他者や本との衝突・関係性の網の目)
  ↓ 刻印される
3. World-Log(世界履歴の堆積:事実としては消えないが、意味としては未来に開かれた記録)

意味の逆流=上書きの連鎖:還の矢印】
3. World-Log(後続する出来事、発見、失敗、成功、破局、再評価によって、かつての出来事が置かれていた文脈=context そのものが変化する)
  │
  ▼ 逆流(ドミノ倒し)
2. Encounters-Log(あの時の『出会い』の意味が事後的に書き換わる)
  │
  ▼ 浸透
1. Mono-Log(かつての私の『独白・行為』の意味が鮮やかに塗り替わる)


※上記は、私の abductive writing の一環です。ご感想あれば、忌憚ないコメント欄への書き込みをお待ちしています。

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2026年6月 1日 (月)

2つの「わたし」と3つのインターフェース/Two “I’s” and Three Interfaces

homo sapiens (少なくとも現生人類)は、二つの「わたし」として生きています。

一つは「生老病死」を不可避的に刻印される(された)身体としての「わたし」。その身体を「今日は朝から頭が痛い。風邪か?」とか、ふと自分の指先が視界に入り「お、なんか爪が伸びてきたな。今晩風呂上りにでも切ろう。」などと、身体を monitoring しながら呟いている「わたし」。

しかし、その一方で、「わたし」を取り巻く「世界」に晒されて、必死に Avoiding death したり、何かに夢中になり Living Life を謳歌している「わたし」は、二つの「わたし」の区別から注意 attention という資源を「世界」に全振りしているので、「私性」の消えた状態の、統合された一つの「わたし」といえます。

すると、「わたし」とその外部との接合面を interface と呼ぶなら、

1.「身体(=わたし)」を囲む interface
2.「身体を monitoring するわたし」を囲む interface
3.「心身統合された非わたし」が「世界」と直面している interface

この中で、3.は「没入」と呼んでもよいでしょう。


そして、この「没入」という状況は、仏教でいう「無我」に相当しそうです。

参考にできるのが、

「《無我》 仏教を一貫する術語。最初期には、我執 (がしゅう)を中心とする執着を排する語として用いられ、初期経典では、我を「私のもの」「私」「私の自我」の3種に分析して、いっさいのものにこの3種の否定を反復する。
小学館 日本大百科全書 三枝充悳、記述」

でしょうか。カテゴリーミステイクかも知れませんが、
①身体/延長を有するもの=「私のもの」
②monitoring するわたし=「私の自我」
③統合されたわたし=「私」
と、対比できそうな気がします。

2010年、2011年と、ドイツのブンデスリーガで大活躍した footballer である、MF香川真司は、2011年カップ戦のバイエルンミュンヘンとの決勝戦まえインタビューに答えて、
「対戦相手の情報は、スタッフから十分説明され、頭に入れてあります。でも、ゲームに臨んでは、それをすべて忘れて、身体(からだ)が動く通りにやるだけです。」
と言っていました。

多分、注意(attention)が「わたし」に全く割かれず、対戦相手だけに全振りされることは、「無我」「没我」の境地と実質同じことなのでしょう。いわゆる「zone」でしょうか。

そこまでいくと、「世界」の「筋目」、「articulation」、「line」が見えて、それに「素直」に従うことが可能となるのではないか、と思われます。

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重層的履歴論:あるいは錯綜する生の Log/A Theory of Layered Log: Or, The Log of an Entangled Life

homo sapiens は、その「履歴(Log:時の刻印)」を身体に刻んだり、言語化することで対象化(Objectification)、外化(Externalization)したりします。

「言語進化」はその典型で、その断面(cross-section)=《言語の現在》そのものに、重層的に履歴が上書きされ、畳み込まれています。とりわけ日本語は、抽象概念が漢語という外国語で、そもそもが日本人にはよそよそしい疎外的 object あるため、幾重にも「意味」を上書きしやすい。現代日本人には、positive は価値表象を持つ「自由」も、上古や中世の negative な「自由狼藉」や positive な仏教語「自由自在」的な語感を維持したまま、明治の freedom、liberte、Freiheit、が流れ込み折り畳まれ、微妙な語感を現在でも有しています。

いうなれば、言語の進化過程はその「表現型」に変化がなくとも、その「遺伝子」上には旧《意味:遺伝情報》を保持したまま、新《意味:遺伝情報》が追記的上書き保存されることが可能な「外部装置」とも言えるかも知れません。「詩/韻文」はその機能を最大限に駆使した活動でしょう。

一方で、言語化されない履歴として、人間には、「身体知」や「暗黙知」といった「個人的知識 personal knowledge」があります。これは「場」や「時」の共有という強い条件下で、「相伝」したり「共有」されたりします。

homo sapiens は、多くの他者やモノに囲まれ、それらを生きるための「資源 resources」として援用することで、bounded rationality と補完的に組み合わせ、複雑な「世界」を生きています。ということは、他者に負われた「履歴」、モノに有形にも無形にも刻印されている「履歴」をも同時にリソース化して、それらに支援されて生きている、ということになります。そして、個人を固有の人間として生かしめているのがその個的人生の履歴(Log)が幾重に重層的に刻まれた personal knowledge である、と思われます。

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未来の他者性/The Otherness of the Future

思うに、homo sapiens にとって、最大の関心は、「他者と表象される他の homo sapiens」なのだと思います。

ヒトの人生を曲折させるのは「出会い Encounter」ですし、生身のヒトではなくとも、1冊の本(これも人工物)との「Encounter」も強烈にヒトの生を捻じ曲げることだってありますから。

西欧人の第1次 globalization である「大航海時代」でも、「地球は丸い」という巨視的事実のみを頼りに、未知の海へ船出した冒険者たちは、金銀財宝を探求する以上に、未知の homo sapiens との「Encounter」に強烈に惹かれていたとも考えられます。

遡れば、7~8万年前の、「出アフリカ」でさえも、「未来=他者との Encounter」という、実は何の根拠もない、脳の発する symmetry bias にうかうかと乗せられて始まった大冒険なのかも知れません。

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2026年5月30日 (土)

ひとは《生》を前向きに生きながら、《意味》を後ろ向きに生成し続ける/Meaning remains open backward from the future

homo sapiens は、10万年前から5万年前にかけて言語を発明したと考えられています。

その発明は、人類の文明を根本的に駆動しました。なにしろ、地球史的にはあっという間に、全地球的なコンピュータ・ネットワーク、続いて生成AIを手にしたのですから。人類は、《言語誕生》以降、急激に文明を発達させ、素晴らしく快適な生活環境を構築してきています。しかし、その一方で、人間の外側にある環境問題を深刻化させ、人間の内側にある精神を蝕んでもきました。

ひとは言語によって《生》を失ったのではありませんが、《生》をそのまま生きることが難しくなりました。《言語誕生》以後、人間は《意味》を経由してしか《生》に触れられない動物となったからです。

しかし、言語の《意味》は、行為に先立って与えられるものではありません。《生》は前向きに遂行され、《意味》は後ろ向きに生成する。人間の《生》きたいという努力は、世界に痕跡を残し、その痕跡が後から言葉の line 上で context を与えられます。

だから、こうして人間の生は、つねに《意味》の履歴として、遡及的に書き換えられ続けられるのです。

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2026年4月13日 (月)

石川 淳「江戸人の発想法について」昭和18年3月/ Jun Ishikawa, “On the Way of Thinking of the People of Edo,” March 1943

佐久間の下女は箔附のちぢれ髪

裏に來てきけばをとつひ象に乘り

 お竹大日如来のことは民俗学のほうではどうあつかうのか知らない。某寺のはなしとか流しもとの飯粒を大切にするはなしとかがこれに関係づけられているようである。しかし、この風変わりな如来縁起が市民生活の歴史の中でいかなる関係物によって支えられているにしろ、前もって能の江口というものがあたえられていなかったとすれば、すなわち江口に於て作品化された通俗西行噺が先行していなかったとすれば、江戸の佐久間某の下女が大日如来に化けるという趣向は発明されなかったろう。江口の君が白象に乗って普賢菩薩と現じたという伝承は前代から見のこされて来た夢のようなものだが、江戸人はその夢を解いて生活上の現実をもってこれに対応させつつ、そこにまたあらたなる夢を見直すことを知っていた。そして、こういう操作がきわめてすらすらとおこなわれてしまうので、それがかれらの生得の知恵のはたらきであること、同時に生活の秘術であることを、江戸人みずから知らなかった。後世が作為の跡しか受け取らなかったとすれば、当の江戸人はそのとおり駄洒落さと答えてけろりとしているのであろうが、じつは後世がむざむざとかれらの知恵にだまされているようなものである。お竹大日如来の場合には、文学のほうではたまたま川柳の担当になっているので、後世の文芸評論家はなるべくこれをやすっぽく踏み倒すことによって自家の見識を示そうとする。 われわれはその見識の高下を知らない。

 箔附のちぢれ髪という。おもての意味は明かに仏菩薩の螺髪ことをいっている。しかし、箔附のとは、れっきとした、極めつきの、例のあれさ、という意味でもある。すると、ちぢれ髪とはなにか。按ずるに、ちぢれ髪の女は情が濃いという俗説を踏まえているのだろう。ここで「こなたも名におふ色好みの、家にはさしも埋木の、人知れぬことのみ多き宿に」という江口の本文を思い出しておいてよい。江戸の隠語に、来るものを拒まない女のことを、医者の慣用薬にたとえて、枇杷葉湯という。お竹はけだし枇杷葉湯なのだろう。お竹とはかならずしも佐久間家の婢にはかぎるまい。市井の諸家の台所に多くの可憐なるお竹がいて、おそらくはときに町内の若者を済度することを辞さなかったのだろう。すなわち見立江口の君である。おろかな、たわいない、よわい女人はここまで突き落とされたかと見るまに、一転して後シテの出となる。台所は「世をいとふ人とし聞けば假の宿に心とむなと思ふばかりぞ」という仮の宿である。また「惜しむこそ惜しまぬ假の宿」である。すでにして、お竹は「これまでなりや歸るとて」白象に乗った遠い菩薩像であった。その姿の消えた後に、裏に来て安否をとうものは、かならずやかつて済度をこうむった町内の若者の一人なのだろう。憶測をたくましくすれば、この相手方もまた一所不在の浮かれもの、見立西行というこころいきであろうか。

 江口の君をおもかげにしたこのお竹の説話から、何らかの思想を抽象しようするのは愚に似ている。仏説の縁起観がはたらいているといっただけでは説明にもなるまい。けだし、江戸人にあっては、思想を分析する思弁よりも、それを俗化する操作のほうが速かったからである。かれらにとって、象徴が対応しないような思想はなきにひとしかった。かれらがときに無思想に見られがちである所以だろう。げんに、お竹説話に於て、われわれはそこに二重の操作しか見ない。一面は江口こそ歴史上の実在で、お竹こそ生活上の象徴であるような転換の仕掛に係る。また一面は眼をひらけばお竹、眼をとじれば大日如来というような変相の仕掛に係る。いわば、お竹すなわちやつし大日如来である。またお竹説話すなわちやつし仏説縁起観である。そして、この仮定が忽然と生活上に立てられたとき、それは歴史上の現実たる江口説話に依ってとうの昔に証明済というあんばいで、とたんに梃でもうごかない。さっそく筆まめな学者先生がお竹の実話を随筆に書いたり、欲ばりの香具師がお竹の遺物を小屋掛で見せたりする。江戸に於ける俗化ということばは右体の次第から離れたところではたちまち意味をうしなうだろう。またやつしという思想はおなじことばのやつしという操作と不可分であるところにはじめて活機をうるだろう。このやつしという操作を、文学上一般に何と呼ぶべきか。これを俳諧化と呼ぶことの不当ならざるべきことを思う。

 一般に、江戸の市井に継起した文学の方法をつらぬいているものはこの俳諧化という操作である。およそ江戸文学という精神上の仕事は後世のいかなる研究法をも戸惑いさせるような出来ぐあいになっている。なにやら近代ふうの文学論で律儀に割り切ろうとすると、つるりとすべって小バカまわしにされる。研究家が近代だと思いこんでいるものよりも、江戸のほうが近代と呼ぶに当っているからだろう。考証から這いこんでも、好事からまぎれこんでも、八幡の藪知らずでうすぼんやりとする。考証家の博捜よりも、文学の影の逃げるほうが速いからだろう。また好事家の生醉よりも、江戸作者の意識のほうが高いからだろう。この奇怪なる文学の性質をうかがうためには、あらかじめ立てるすべての仮定はどこかではぐらかされることになるかも知れないが、しかもなお方法の変通に関する仮定を立てておくことの便利なる所以を思わざるをえない。しばらく、精神を天井に上げ思想を縁の下に押しこんでおいて、はなはだひとをあざむきやすい操作のほうをみることにする。

 川柳の末技といえども、なお通俗俳諧たる雰囲気のにおいをとどめている。しかし、川柳の場合では、俳諧の要素が低地の塵に散乱してしまったていたらくで、これを文学の網に掬い上げようとしても結縁がうすいだろう。江戸の俳諧といえば、芭蕉の正風とその延長(ちなみに延長とは下落ということを矯飾していう語である)のほかには、俳諧の運動の自在神通についてなにものをも見まいとするのが後世の窮屈な常識らしい。そして、この常識は川柳と併せて漫然と狂歌をも貶しているらしい。衣冠を見てそのひとを見ないようなものだろう。また菽麦を見てその別を知らないようなものだろう。俳諧の転換の奇法はかならずしも江戸の芭蕉から京都の蕪村へという尋常五十三次の路程のみをたどってはいない。別に江戸の市井にこれを承けるものがあって、文学様式上の新発明を以ておこっている。すなわち天明狂歌のことをいう。

 狂歌の何たるかを論ずるのはともかくとして、ここではただ天明狂歌がそれ以前の狂歌ともまたそれ以後の狂歌ともまったく品物がちがうということを記しておくにとどめる。江戸初期に上方におこり江戸に転じた狂歌の歴史のことをいうひとは、おおむねまずその先祖さがしからはじめて、万葉集の戯笑歌、古今集の俳諧歌、有心、無心、柿の本、栗の本の別などとかぞえて来て、それらとの続柄を案じわずらった末に、ぼんやり曉月坊あたりからはなしの糸口を引き出すことになっている。しかし、かりに狂歌の意義と系譜とについて定説のしたがうべきものが立てられたとしてもそれは天明狂歌という文学運動の性質についてなにごとをも語らないだろう。けだし、天明狂歌は江戸初期の上方狂歌江戸狂歌をもふくむ前代の諸派に対し、操作に於て意味を異にしているからである。

 狂歌には本歌取という操作がある。どういうものか、本歌取にはあまり秀作がない。たとえば、これも駄作の例になるが、萬載狂歌集、山手白人、柏餅、なら坂やこの手にもちし柏もちうらおもてよりさすりてぞくふ。こういう操作はなにも天明の発明ではない。げんに、おなじ集に、雄長老、いつはりのある世なりけり神無月貧乏神は身をもはなれぬ。本歌取とはすなわち古歌の俳諧化である。そして、この操作は天明以前にもあった。また狂歌の家集選集を出すこともすでにそれ以前におこなわれていた。しかし、一首の端ではなくて、ある狂歌集そのものが本歌取であるような、いいかえれば古の歌集の俳諧化であるような例がどこにあるか。ことばの繰まわしの末ではなくて、歌調歌格に於て某の古歌集に対応しているような狂歌集がどこにあるか。天明以前には一つもないだろう。天明に至って、萬載狂歌集(選者四方赤良すなわち蜀山)という狂歌選集のあらわれるに当って、われわれは初めてこれを見る。では萬載狂歌集が歌調歌格に於て対応しているところの古歌の選集とはなにか。たしかに、わたしはここで蜀山菅江橘州らの作例をあげて当該古歌選集とは比較論証しなくてはならないはずだが、今その余白がない。やむをえず証明を省略して、性急に結論をいう。それは古今集にほかならない。萬載狂歌集は古今集の俳諧化である。一般に、日本の歌(ただに狂歌にはかぎらず)の歴史の上で、天明狂歌とは古今集の精神の転換的運動である。

 ところで、江戸狂歌の歴史の上で、天明狂歌とは、前代の未得卜養らの狂歌あるいは上方の貞柳行風らの狂歌の、自然の発展とみるべきだろうか。わたしはまた性急にその決して然らざるべきことをいう。ここに、元禄から享保にかけて、はなはだ意味深長な江戸狂歌の空白時代がある。この空白時代の謎は一見解きがたきに似るかも知れない。しかし、天明狂歌の俳諧性の何たるかをさとれば、この謎のたちまち解きやすきを知るだろう。天明以前、江戸には周知のごとく俳諧史上の一大椿事がおこっている。元禄の芭蕉の発明にかかる俳諧の連歌である。(一句立の発句という可憐なる短詩のことは取り上げるには及ばない。)芭蕉詩の運動は堂上派の連歌の俳諧化という操作の上に立ちつつ、おどろくべき斬新清爽な芸術境を打開している。この椿事を前代に承けて、俳諧の運動が天明の新事件を突発させるに至ったのはむしろ必然のことに属するだろう。元禄の俳諧を正とし雅とすれば、天明の狂歌は俳諧の奇にして俗なるものに当たる。芭蕉から蜀山に至る運動の筋道は決して俳諧の下落ではなくて、その俗化である。下落は蕉風の亜流の側にあった。俗化ということばの正当な意味に於て、江戸俳諧の俗化とは、流行が芭蕉の発句から其角の発句に移ったということではなくて、性質が猿蓑から萬載狂歌集に変わったということである。これが俳諧の論理である。

 天明狂歌がそれ以前のいかなる狂歌とも性質を異にしているように、天明狂歌師はそれ以前のすべての狂歌師と作者的人格に於てかならずしもおなじではない。狂歌師はみな狂名をもっている。これは天明でもその前後でも変わりがない。ただ天明に至って狂名の意味の一変しているのを見る。かつて狂歌師の狂名は一般文人の雅号、俳諧師の俳名とおなじく、その名の中に作者が存在していた。すなわち有名人格であった。しかるに天明狂歌師はその狂名の中に不在である。すなわち無名人格である。いいかえれば、読人不知ということにほかならない。かつて芭蕉俳諧の連歌は、世界が出来上ったとき、作者の名を忘れさせた。今、萬載狂歌集は作者の名を抛棄することから世界を築き上げている。狂名がふざけていると、ひっぱたいてみても、作者はそこにいない。この簡単な事実を説明するためには、複雑きわまる天明狂歌師の列伝を本に書かなくてはならないだろう。たとえば、天明狂歌に於ける蜀山の位置は元禄の俳諧に於ける芭蕉のそれに当り、また萬載狂歌集の選者たるかれの位置は古今集の選者たる貫之のそれに当るべきだが、しかも蜀山という存在はみずから現象化するという仕方によって芭蕉貫之という存在を俳諧化しているようなものである。

 明治以降、はるかなる芭蕉俳諧の連歌からわずかに卑近なる一句立の発句を抜き取ることしか知らないような、通俗鑑賞法が世におこなわれているていである。たぶん、人間と仕事しか見ようとしない外国人の文学観伝来のさもしい料簡だろう。証拠を見たうえでなくては神を信じないというものの態度に似ている。この鑑賞法の眼鏡をもって天明の狂文学の場に臨んだとすれば、かならずや満目空白にしてなにものをも見とどけられないだろう。けだし、天明狂歌は仕事ではなくて運動であり、天明狂歌師は人格ではなくて仮託だからである。しかし、後世のみそこないこそ昔日の風狂詩人どもの思う壺にちがいない。かれらをして我事成れりと草葉のかげでほくそえましめることになる。みすみす敵の術中におちいるとは、このことである。

 ここに一挿話がある。文化のはじめごろ、さきに蜀山から判者をゆずられた鹿都部眞顔はおぞましくも狂歌が古今集の俳諧歌からでたものといい立てて、わざわざこれを俳諧歌と改称し、もっぱら姿態をつくり点料をむさぼることをたくらんだ。文政以降狂歌と狂歌師との相場ががったり下落したことの俑を作ったものだろう。作者みずから狂歌のかならずかくあるべきことを規定し、狂名の中におのれの貧弱な全存在を露出するや、たちまち放曠自在の世界は消えうせて、あとにはただやすっぽい人間と劣等な品物だけが居残ることになったとは、天明狂歌の微妙な性質につき消息の一端をつたえている。ひとが俳諧の何たるかをうかがおうとするとき、芭蕉俳諧の連歌という正統の文学系のみを観測するにとどまるよりも、併せて天明狂歌という危険きわまる文学系をも観測したほうがより近似的な値をうるに至るべきことを思う。

 天明狂歌はそれ以前の江戸上方の雑俳を呑んでいるとともに、芭蕉に依って切断された元禄以前の正系俳諧の主たる要素をも食っているかのごとくである。主たる要素とは、俳諧ということばが元来意味するところの滑稽の謂である。しかし、天明の新発明に係る世界、たとえば萬載狂歌集がひとにうったえて来るものはただに滑稽的抒情のみではない。これを展望すれば、そぞろにかなしい。いわば出来上がった世界の外に身を置いているところの、不逞にして遣瀬ない読人不知の風狂詩人らの宿命はかならずしもひとの頤を解くものではなかろう。この世界が俳諧的操作のうえで遠く古今集の精神を踏まえていることは前に述べた。ここに古今集を拉し来った所以は現実の地盤でこれを支持するものの存すべき事情があったのだろう。按ずるに、江戸俗間の古典文学教養にして、その常識に於て市井に流れ、その抒情において人心にひびいていたのは、古今集に如くものがなかったのだろう。当時の江戸人の生活のほうを除外していえば、ここにもまた萬載狂歌集の成立すべき拠りどころがあった。

 江戸俗間の文学教養のことでは、古今集のほかにあげるべきものが一つある。唐詩選である。ただし唐詩そのものへの理解ではなくて、唐詩選という本への昵懇である。そして、この本を日本流の読み方で吟ずるところの情操である。この現実の昵懇と情操とを踏まえつつ、はたせるかな、蜀山銅脈を宗とする狂詩の発明がおこっている。しばらく天明狂歌と並べて天明狂詩と呼んでおく。いま、狂詩の源流を探って、十訓抄、閉口後來客、含陰先達儒あたりを引合に出すにも及ぶまい。もし句意の風狂に似るものを求めるとすれば、たとえば和漢朗詠集、上巻秋、源順の女郎花のごときをもかぞえることができるかも知れない。しかし、天明狂詩の風骨を感得するためには、かならずしも先祖さがしを要さないということ、またそれが文政以後明治初年にわたる狂詩の流行とは、他人の空似ぐらいの続柄しかもたないということは、なおさきに述べた天明狂歌に於ける形勢と相似ている。絮説をはぶく所以である。

 天明狂詩の風骨は唐詩選の諺解、すなわちこれを俳諧化するという操作の中にひそんでいる。一例を示せば、四方山人、五明楼贈雛妓、花扇連襟夜入床、五明送客大門傍、楽遊雛妓如相問、一片執心在玉章、がある。これが、王昌齢、芙蓉楼送辛漸、寒雨連江夜入呉、平明送客楚山孤、洛陽親友如相問、一片冰心在玉壺を踏まえていることは一見して明かだろう。いわば本歌取に対して本詩取とも呼ぶべき操作に属する。しかも、その本詩を踏まえることはただに操作上の関係に於てのみではあるまい。一は唐人別離の情の悲愴なるもの、一は粋人遊里の情の嫋嫋たるもの、詩意たちまち逆転しつつ、相対して奇怪である。当時の江戸人はこれを見て、かならずや操作の妙に感じ、詩意の変におどろき、陽に蜀山詩に笑い陰に昌齢詩に泣いて、思わずひやりとさせられたのだろう。こういう交渉から離れたところでは、天明狂詩の鑑賞法はぐらつくだろう。もし作者が内に士人の気節清操を秘める底の人物でなくてはよく外に戯詠に遊びがたいといったとすれば、言つよくして反って心をうしなうの憾みがあるかも知れない。しかし、姿の見えない作者の影がいつか享受者の心に忍びこんで来ているところに、ひやりとさせられる所以があるのだといえば、まんざらことばの綾ではないかも知れない。狂詩作者でその技巧のあるいは蜀山を凌ぐものはすくなくないだろう。たとえば半可山人の妙は世これを称する。なるほど半可山人の忠臣蔵十一段は斯道の眉目ではあろう。しかし、これははるかに銅脈先生の婢女行の後塵を拝するもので、あまり高く買えない。漫然と出来栄えがうまいまずいという鑑賞法では、おそらく天明の江戸人の心に於ける切実な鑑賞法の原型から相去ること遠くなって行くだろう。狂詩の功は発明をもって論ずる。大和ことばによる狂歌とはちがって、本筋の漢詩を作ることさえどうせ唐人の借物なのだから、仮託の狂詩に至っては、技巧論に深入しては狐に化かされるだろう。

 江戸の俗間に於ける唐詩選の流行について、ここに一証がある。京伝の洒落本繁千話の中に半可通が青楼の名代部屋で待ちぼうけをくわされている条を見る。枕頭に小屏風があって、それになにやら字が書いてある。長信宮中草、年年愁處生、時侵珠履跡、不使玉階行というニ十箇の四角な字である。半可通は鼻をうごめかしてこれをでたらめに訓む。たとえば、転句と結句とを時にナニナニナニノ跡、使ヲ呼バズニ二階へ行クダロウという訓み方である。これまた唐詩選の諺解の一種に類するだろう。ところで、この条は明かに読者の笑を待ちうけている。そのためにはあらかじめ読者側に笑う用意のあるべきことが予想されているはずだろう。すなわち、当時の洒落本の読者はニ十箇の四角な字が崔国輔、長信草の五絶であることを先刻承知でいたのだろう。またかれらはつとに漢成帝と班婕妤との故事をも知っていて、作者が待ちぼうけの半可通に配するに漢宮の婦女閨怨のおもかげをもってしつつ題詩の場面に適切なるものを措いた趣向に、あっと感服したのだろう。もし一般読者側にこれを笑う用意が予想されていなかったとすれば、京伝ほどのわけ知りの作者がわざわざ読者に恥をかかせるような四角な字をもてあそぶはずはあるまい。

 右に、わたしはゆくりなく洒落本のことをいい、また遊里のことをいった。じつはわたしの意中にひそかに考えるところがあって、さらに洒落本から人情本にわたろうとしている。ひそかに考えるところとは、江戸作者の究極の発明たる遊里の観念に関している。お竹大日如来の説話から特製の遊里の観念に至るまでの筋道には、江戸人の発想法の発展があるようにうかがわれる。他日の機会に書く。

花色如蒸粟。俗呼為女郎。聞名戯欲契偕老。恐悪衰翁首似霜。

初出:岩波書店『思想』昭和18年3月

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2026年3月22日 (日)

未発の潜勢力としての「Chaos 混沌」Ⅱ/ “Chaos” as a latent force Ⅱ

 Cosmos(秩序)は、それがかつて流動(flux)する Chaos に起源を持っていたとしても、やがてその溌溂とした運動は影を潜める。なぜなら、コスモス化するとは、世界内の不確実性/偶有性の縮減を意味し、自己保存と反復を通じた、確実性/必然性/計算合理性の強化に他ならないからである。また運動自体はむしろ既成の Cosmos にとり世界の動揺を意味してしまうからである。だから Cosmos は修正と延長を繰り返しながら、 solid 化しその壮麗な外観とは裏腹にゆっくりと朽ちていく。

 では、清新な Cosmos は何処から訪れるか。これを人間的・歴史的世界に翻訳して言えば、その萌芽は、solid化が亢進する中心部とは反対にむしろ脆弱性/朽壊化する(価値的)外縁部にあって、既存秩序から遊離せざるを得ない幾つもの小さな chaos の渦、つまり非文脈化した、 agents と resources の新たな選択的親和関係(elective affinities/Wahlverwandtshaften)の生成(Emergence)として現れる。この幾つもの小さな chaos の渦が、一定の flux まで育ち、新たな Cosmos に生長するかどうかは、事前には当事者たちにもわからない。それが誰の眼にも明らかになるのは後世の観察者がそれに名を与え、記述し言説化した後だからである。

Cosmos (order), even if it once originated from the flux of Chaos, eventually sees its vigorous movement fade into the background. This is because “cosmos-ization” signifies a reduction of uncertainty and contingency within the world; it is nothing other than the reinforcement of certainty, necessity, and calculative rationality through self-preservation and repetition. Furthermore, movement itself tends to disrupt the established Cosmos. Thus, while the Cosmos undergoes repeated revisions and extensions, it solidifies and, contrary to its magnificent appearance, slowly decays.

 So, where does this fresh Cosmos come from? To translate this into human and historical terms, its seeds lie not in the core—where solidification is intensifying—but rather in the fragile, decaying (in terms of value) periphery—opposite to the core where solidification intensifies—as the emergence of numerous small vortices of chaos that are compelled to break away from the existing order; that is, as the emergence of new elective affinities (Wahlverwandtschaften) between agents and resources that have been decontextualized. Whether these numerous small whirlpools of chaos will grow to a certain flux and develop into a new Cosmos is something even the participants themselves cannot know in advance. It only becomes clear to everyone’s eyes after observers of later generations have named it, described it, and turned it into discourse.

※参照/ See.
未発の潜勢力としての「Chaos 混沌」/ “Chaos” as a latent force: 本に溺れたい

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2026年3月15日 (日)

Charles Sanders Peirce’s assessment of Hegel (2)

Internal anancasm, or logical groping, which advances upon a predestined line without being able to foresee whither it is to be carried nor to steer its course, this is the rule of development of philosophy. Hegel first made the world understand this; and he seeks to make logic not merely the subjective guide and monitor of thought, which was all it had been ambitioning before, but to be the vert mainspring of thinking, and not merely of individual thinking but of discussion, of the history of the development of thought, of all history, of all development.
Charles S. Peirce, 'Evolutionary Love' (1891), Chance, Love, and Logic: Philosophical Essays, edited and introduced by Morris R. Cohen, with an essay by John Dewey, introduction to the Bison Books Edition by Kenneth Laine Ketner, 1998, Univ. of Nebraska Press, p.294 (Reprint of 1923 ed. by Harcourt, Brace and World)

The truth is that pragmaticism is closely allied to the Hegelian absolute idealism, from which, however, it is sundered by its vigorous denial that the third category (which Hegel degrades to a mere stage of thinking) suffices to make the world, or is even so much as self-sufficient. Had Hegel, instead of regarding the first two stages with his smile of contempt, held on to them as independent or distinct elements of the triune Reality, pragmaticists might have looked up to him as the treat vindicator of their truth. (Of course, the external trappings of his doctrine are only here and there of much significance.) For pragmaticism belongs essentially to the triadic class of philosophical doctrines, and is much more essentially so than Hegelianism is. (Indeed, in one passage, at least, Hegel alludes to the triadic from his exposition as to a mere fashion of dress.) 
Charles S. Peirce, 'What Pragmatism Is' (1902), Selected Writings (Values in a Universe of Chance), edited, with an introduction and Notes by Phlip P. Weiner, 1966, Dover, p.202

 Just reading the above doesn’t make much sense. According to Shunpei Ueyama’s commentary in the Japanese edition of the anthology, the situation is as follows: When considering both the logical unfolding and the temporal development of a system, formal logic can describe only the logical unfolding. In formal logic, temporal development cannot, in principle, be described. And it seems that Hegel’s dialectic is valued as the descriptive logic for this latter aspect—the temporal development of a system.

※Please also refer to the following.
Two approaches to the Emergence

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Two approaches to emergence

 Emergence refers to the behavior of a system that cannot be logically derived from the sum of the regular and simple behaviors of the elements that make up that system.

 When considering emergence, I believe there are two prominent approaches: “evolutionary theory” and “dialectics.”

1)The Theory of Evolution
 W. James interpreted the theoretical essence of evolutionary theory as follows.
 He stated that, in Darwinism, the two processes of “mutation” and “natural selection” are regarded as independent, unrelated phenomena. In other words, W. James understood Darwinism to be a theory that links two distinct types of change occurring in nature while keeping them separate.

2)Dialectics
 Peirce, the father of pragmatism and its greatest theorist, stated, “Even if it is dressed in strange garb, my philosophy is a revival of Hegelian philosophy.” It appears that Peirce valued dialectics as a methodological approach for describing the behavior of a system evolving over time. Furthermore, the pragmatist John Dewey was a Hegelian in his youth.

 Whether we are talking about “evolutionary theory” or “dialectics,” it is reasonable to expect that they share a deep theoretical affinity with pragmatism. Or rather, it seems possible to use pragmatism as a bridge to connect “evolutionary theory” and “dialectics” theoretically. Furthermore, my current prediction is that this could represent a significant breakthrough for contemporary systems theory.

[See] Our article below
The essence of Darwinism(Japanese Version)
Charles Sanders Peirce’s assessment of Hegel


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2026年3月10日 (火)

From Max Weber to Jacques Barzun

Niemand weiß noch, wer künftig in jenem Gehäuse wohnen wird und ob am Ende dieser ungeheuren Entwicklung ganz neue Propheten oder eine mächtige Wiedergeburt alter Gedanken und Ideale stehen werden, oder aber - wenn keins von beiden - mechanisierte Versteinerung, mit einer Art von krampfhaftem Sich - wichtig - nehmen verbrämt. Dann allerdings könnte für die »letzten Menschen« dieser Kulturentwicklung das Wort zur Wahrheit werden: »Fachmenschen ohne Geist, Genußmenschen ohne Herz: dies Nichts bildet sich ein, eine nie vorher erreichte Stufe des Menschentums erstiegen zu haben.«
Max Weber, Die protestantische Ethik und der Geist des Kapitalismus, 1920

Even if this should come, the present advice would not be needless. Nothing lasts forever, nothing “wins out in the end.” There is always a rebeginning, and even if we ourselves do not learn in time the knack of living together in large numbers, and solving the problems that our best gifts create, at least the future archeologist will find it written that our century, coming after time of systematic mechanism, proclaimed in a hundred ways that men have minds, and that purposeless work is not for the sane.
Jacques Barzun, Darwin, Marx, Wager: Critique of a Heritage, 1941

 The conclusion of Jacques Barzun's work mentioned above appears to resonate strangely with the conclusion of Max Weber's renowned work. Yet Max Weber does not seem to be referenced in Barzun's book.

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より以前の記事一覧

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