ネットフリックスという会社/ A company called Netflix
東洋経済新報社から配信されている無料記事(無料登録は必要です、本記事最下段、参照)に、ネットフリックスの話題がありました。
このネトフリやGAFAなど、いかにも米国資本主義文化の正嫡といっても良い存在ですが、所詮、石油文明の上に咲く徒花に過ぎないではないのか、という見方もしてしまいます。
東洋経済新報社から配信されている無料記事(無料登録は必要です、本記事最下段、参照)に、ネットフリックスの話題がありました。
このネトフリやGAFAなど、いかにも米国資本主義文化の正嫡といっても良い存在ですが、所詮、石油文明の上に咲く徒花に過ぎないではないのか、という見方もしてしまいます。
この数日間、ブログ「代替案のための弁証法的空間 Dialectical Space for Alternatives」様のコメント欄で議論して頂き、重要なご示唆を幾つも頂きました。その一つの成果(?)を弊ブログにも投稿することとします。
| 氏名 | 生年 | 1912-1930年齢 | 没年 |
| 重野安繹 | 1827 | 1910 | |
| 福澤諭吉 | 1835 | 1901 | |
| 栗田寛 | 1835 | 1899 | |
| 久米邦武 | 1839 | 73歳-91歳 | 1931 |
| 高橋是清 | 1854 | 58歳-76歳 | 1936 |
| 田口卯吉 | 1855 | 1905 | |
| 三宅雪嶺 | 1860 | 52歳-70歳 | 1945 |
| 徳富蘇峰 | 1863 | 49歳-67歳 | 1957 |
| 山路愛山 | 1864 | 48歳-53歳 | 1917 |
| Max Weber | 1864 | 48歳-56歳 | 1920 |
| 津田左右吉 | 1873 | 39歳-57歳 | 1961 |
| 植原悦二郎 | 1877 | 35歳-53歳 | 1962 |
| 尾佐竹猛 | 1880 | 32歳-50歳 | 1946 |
| J. M. Keynes | 1883 | 29歳-47歳 | 1946 |
| 石橋湛山 | 1884 | 28歳-46歳 | 1973 |
| 高橋亀吉 | 1891 | 21歳-39歳 | 1977 |
| 三枝博音 | 1892 | 20歳-38歳 | 1963 |
| 福本和夫 | 1894 | 18歳-36歳 | 1983 |
| 三木清 | 1897 | 15歳-33歳 | 1945 |
| 宇野弘蔵 | 1897 | 15歳-33歳 | 1977 |
| 野呂栄太郎 | 1900 | 12歳-30歳 | 1934 |
| 大久保利謙 | 1900 | 12歳-30歳 | 1995 |
| 黒田覚 | 1900 | 12歳-30歳 | 1990 |
| 羽仁五郎 | 1901 | 11歳-29歳 | 1983 |
| 服部之総 | 1901 | 11歳-29歳 | 1956 |
| 大塚久雄 | 1907 | 5歳-23歳 | 1996 |
| 清水幾太郎 | 1907 | 5歳-23歳 | 1988 |
| 石井孝 | 1909 | 3歳-21歳 | 1996 |
| 川島武宜 | 1909 | 3歳-21歳 | 1992 |
| 石母田正 | 1912 | 0歳-18歳 | 1986 |
| 井上清 | 1913 | 0歳-17歳 | 2001 |
| 丸山真男 | 1914 | 0歳-16歳 | 1996 |
| 遠山茂樹 | 1914 | 0歳-16歳 | 2011 |
| 司馬遼太郎 | 1923 | 0歳-7歳 | 1996 |
上記の表は、徳川末期から、昭和後半にかけて活躍された(文明)史家の生没年です。また表中の1912-1930年とは、ほぼ「大正デモクラシー」期と考えて下さい。
このデータと、弊ブログ記事「徳川文明の消尽の後に(改訂版)/After the exhaustion of Tokugawa civilization (revised)」を組み合わせますと、いろいろ興味深い観察が得られます。その観察はまた別途にポストします。
今回試みるのは下記の書評である。その中でも、塩沢由典氏の手になる提案編の合計5章のみである。これは偏に弊ブログ主の知的資源の限界ゆえである。ご寛恕願いたい。1章づつ記事化する。
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John Maynard Keynesの主著、The General Theory of Employment, Interest and
Moneyの巻末に素晴らしい文がある。弊ブログで時折り引いているので二番煎じ三番煎じではあるが自戒のためにも再び引用したい。
But apart from this contemporary mood, the ideas of economists and political philosophers, both when they are right and when they are wrong, are more powerful than is commonly understood. Indeed the world is ruled by little else. Practical men, who believe themselves to be quite exempt from any intellectual influences, are usually the slaves of some defunct economist. Madmen in authority, who hear voices in the air, are distilling their frenzy from some academic scribbler of a few years back. I am sure that the power of vested interests is vastly exaggerated compared with the gradual encroachment of ideas. Not, indeed, immediately, but after a certain interval; for in the field of economic and political philosophy there are not many who are influenced by new theories after they are twenty-five or thirty years of age, so that the ideas which civil servants and politicians and even agitators apply to current events are not likely to be the newest. But, soon or late, it is ideas, not vested interests, which are dangerous for good or evil.
John Maynard Keynes, The General
Theory of Employment, Interest and Money.1936
Chap.24, V
だが現代のこのような気分を別としても、経済学者や政治哲学者の思想は、それらが正しい場合も誤っている場合も、通常考えられている以上に強力である。実際、世界を支配しているのはまずこれ以外のものではない。誰の知的影響も受けていないと信じている実務家でさえ、誰かしら過去の経済学者の奴隷であるのが通例である。虚空の声を聞く権力の座の狂人も、数年前のある学者先生から〔自分に見合った〕狂気を抽き出している* 。既得権益の力は思想のもつじわじわしとした浸透力に比べたらとてつもなく誇張されている、と私は思う。思想というものは、実際には、直ちに人を虜にするのではない。ある期間を経てはじめて人に浸透していくものである。たとえば、経済学と政治哲学の分野に限って言えば、二五ないし三〇歳を超えた人で、新しい理論の影響を受ける人はそれほどいない。だから、役人や政治家、あるいは扇動家でさえも、彼らが眼前の出来事に適用する思想はおそらく最新のものではないだろう。だが〔最新の思想もやがて時を経る〕、早晩、良くも悪くも危険になるのは、既得権益ではなく、思想である。
ケインズ『雇用、利子および貨幣の一般理論』間宮陽介訳、下巻p.194、岩波文庫2008年
■自明性としての思想
思想とは魚にとっての水である。彼らは普段、水を押して推進力を得ていることに気付くまい。彼らが酸素を取り込めるのは水中であり、空気中に放り出されれば窒息してしまう。
思想とは人間にとっての空気である。普段は気付かないが肺や鼻腔いっぱいに吸い込んで我々は生きている。
だから、自分が今まさにどんな「思想」を呼吸しているのか気付かなくて当然だ。したがって、例えばホッブズやヘーゲルを一文字も読んだことが無くとも、仮にそんな名を知らなくとも、ホッブズの原子論的社会観やヘーゲルの歴史神学を靖国問題で書き込むネット右翼がいたりする。
■ケインズの飛躍
ではケインズがこの境地に至れたのはなぜだろう。
それは、彼が(ケインズも出発点はマーシャルの弟子だった)有効需要の原理=マクロ経済学の枠組に到達できたからだ。
つまり、自覚症状のない無意識ヘーゲリアンが、己が実は知らないうちにヘーゲリアンだった、と気づくのは、ヘーゲリアンと異なる新しい境地、認識枠組、エピステーメーに脱出できた後なのだ。だから過去の思想を学ぶ価値とは自己の囚われに気付き、その起源を知ることにこそある。
■《新しい自己》への成長
しかし、その人物がたまたまヘーゲルなぞを読まずとも、実生活上の異なる契機と自覚によって、ヘーゲリアンから抜け出ることはあるはずだ。 つまり、《いまの自己》を対象化(=相対化)できるのは、人生の何らかの機会に成長し、《新しい自己》になれた時なのである。そしてそれが成長であるのは、その《かつての自己》への眼差しが拒絶ではなく受容だからなのである。
〔参照〕変ることの難しさ 人は過去とともに生きる
*不況下にデフレ策を採り、経済成長を叫ぶ大日本国P.M.ABEを彷彿とさせる表現だ(v^ー゜)
思想とは空気である(2)へ
※関連記事
新古典派経済学の起源
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kyunkyunさん、どうも。
>こんにちは。
ダグラスの経済理論について、
中村三春著 : 「モダニスト久野豊彦と新興芸術派の研究」 の中に、
次のような記述がありました。
http://repo.lib.yamagata-u.ac.jp/bitstream/123456789/6552/1/KunoToyohiko.pdf
第二編 久野豊彦とダグラス経済学
「ダグラス経済学の評価」 より~
上記、資料は以前私も、
山森亮『ベーシック・インカム入門』光文社新書(2009)(2)
に参照しました。ご指摘の部分、改めて目を通しました。そこで、図解を
してみるほうが分かりやすいと思いました。下図を見て下さい。
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私があれこれ徳川期のことを書きたいと考える第一の理由は、それが我々の現に生活するこの列島の、いまだ全面的に資本主義化されていない時代であるからだ。
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ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』岩波文庫下巻(2008年) 、pp.176-177
戦後、異端の過少消費理論が雨後の筍のように現れた。中でも最も有名なのがダグラス少佐のものである。ダグラス少佐の主張の強みは、言うまでもなく、正統派が彼の破壊的批判の多くにまともな回答を与えなかったことに大きく依存している。ひるがえって、彼の下した診断の細部、とりわけ A +
B定理とやらには、眉唾としか言いようのないものもたくさんある。もしダグラス少佐が彼のB項目を、取替や更新のための当期支出に充てられない企業者の金融的準備に限定していたなら、彼はもっと真理に肉薄していたであろう。しかしその場合でも、これらの準備が、増加した消費支出ととも多方面における新たな
投資によってもまた埋め合わせられる可能性のあることは頭に入れておく必要がある。ダグラス少佐は、自分はわれわれの経済体系が抱える重要な問題を少なく
とも全く忘れたわけではない、正統派の幾人かの論敵との違いはここにある、と主張する資格をもっている。だが、マンデヴィル、マルサス、ゲゼル、それにホブソンの列に伍す資格があるかといえば、彼(ダグラス)にはとてもそれほどの資格はない。勇敢な異端軍の少佐ならぬ、おそらくは兵卒といたところである。
一方、これらの人々は、明快で首尾一貫し論理は平易なるも現実離れした仮定にもとづいて導出された謬説を奉ずることを潔しとせず、みずからの直観の命じる
まま、たとえ曖昧で不完全ではあっても、真理を究める途を選んだのである。
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「・・・。先入観は、それを植えつけた人々にも、そもそもこうした先入観を作りだした人々にも、いわば復讐するのである。こうして公衆の啓蒙には長い時間がかかることになる。
おそらく革命を起こせば、独裁的な支配者による専制や、利益のために抑圧する体制や、支配欲にかられた抑圧体制などは転覆させることができるだろう。しかし革命を起こしても、ほんとうの意味で公衆の考え方を革新することはできないのだ。新たな先入観が生まれて、これが古い先入観ともども、大衆をひきまわす手綱として使われることになるだけなのだ。」
カント「啓蒙とは何か」pp.13-14、永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)
所収
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カテゴリー「Stephen Toulmin」を作成した。
彼を含む、イギリス戦間期の知識人社会、特に、オックスブリッジは実に興味深い。Berlin 、Wittgenstein 、Collingwood 、Keynes 、・・・。
彼、Toulmin の、『近代とは何か Cosmopolis 』1990(邦訳2001)については、絶えず触れることになる。
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