小林秀雄(Kobayashi, Hiedo)

2026年5月 3日 (日)

他山の石、あるいは小林秀雄のこと(2)

 前稿(2018年)では、小林秀雄の語源理解に誤りがあると断じましたが、現在ではやや見方を改めています。

 「critical/critique」と「crisis」とが同一語源に遡り、「判断」と「分岐点」とが連関するという語感それ自体は、確かに鋭い直観を含んでいます。小林がそこから「批評」を決断的契機として捉えようとした点は、軽視すべきではありません。

κρίνειν(krinein)=分ける・判断する・決定する

 κρίνειν(krinein) → κριτής(kritēs) → judge(判断する人)→ critic

 κρίνειν(krinein) → κρίσις(krisis) → decision / turning point → crisis

つまり、《語根 root》は、同じ

 ただし、その語感を踏み台にして、「批評」を過度に「危機」や「限界」と同一視する議論には、やはり詩的な意味操作の過剰が見られるように思われます。語源的連関が、そのまま概念的同一性を保証するわけではないからです。

 さらに言えば、本エッセイの議論は最終的に、批評を自己へと回収する方向に収斂しており、結果として近代的主体の自己確証という枠組みを出ていません。この点で、戦後日本において繰り返された「主体性論争」と同じ円環に再び閉じ込められているように見えるのが、いささか惜しまれるところです。

 前稿で、「もう小林秀雄は読まないだろう」と偉そうなことを記しましたが、小林の戦時下の一文に痺れるものがあり、先の妄言を撤回することにしました。この件につきましては、そのうちに記事化したいと思います。

参照(=前稿)
他山の石、あるいは小林秀雄のこと(1): 本に溺れたい

| | コメント (0)

2022年5月22日 (日)

丸山真男の「理論信仰」対「実感信仰」

 丸山真男の非常に有名な(かつては?)、「理論信仰」対「実感信仰」、という議論ですが、これ、出典を読まれたことがない方(多分、若い方)も結構いるのではないでしょうか。出身学部が文系で、現在60歳代以上の方なら、大学生協書籍部に必ず平積みされていたので、立ち読みくらい一度はされていたはずの、下記の書が出典です。
丸山真男『日本の思想』1961年岩波新書

 自治体の図書館なら、必ず蔵書されているでしょうが、買うのは勿論、図書館から借り出すのも、ちょっと億劫という方のために、本書の該当頁(10頁分)をテキスト化し、本ブログにupしておくこととしました。利用して頂ければ嬉しいです。
  (註)この議論に関する、現在のブログ主の雑感は、(2)で書くつもりです。他に書きたい書評もあるので、こちらはその後になりそうです。

丸山真男『日本の思想』1961年、東京、岩波書店
目次
第1章 日本の思想(pp.1-66)
まえがき 日本における思想的座標軸の欠如、ほか
1.イデオロギー暴露の早熟的登場、ほか
2.「国体」における臣民の無限責任、ほか
3.天皇制における無責任の体系、ほか
4.〔本記事の以下にテキスト化:ブログ主・註
おわりに
第2章 近代日本の思想と文学―一つのケース・スタディとして(pp.67-122)
まえがき 政治‐科学‐文学、ほか
1.明治末年における文学と政治という問題の立てかた、ほか
2.プロレタリア文学理論における政治的および科学的なトータリズム、ほか
3.各文化領域における「自律性」の模索、ほか
おわりに
第3章 思想のあり方について(pp.123-152)
人間はイメージを頼りにして物事を判断する
イメージが作り出す新しい現実
組織における隠語の発生と偏見の沈殿
被害者意識の氾濫、ほか
第4章「である」ことと「する」こと(pp.153-180)
「権利の上にねむる者」
「である」社会と「である」道徳
「する」組織の社会的台頭
「する」価値と「である」価値との倒錯、ほか
あとがき

続きを読む "丸山真男の「理論信仰」対「実感信仰」"

| | コメント (1)

2018年7月14日 (土)

他山の石、あるいは小林秀雄のこと(1)

 「他山の石」とは、石を磨くのに使う、もう一つの石のこと。転じて、他人の善いおこないは見習い、悪いおこないは自分の戒めにすること。「人の振り見て我が振り直せ」の意。

 さて、小林秀雄、のことです。小林秀雄に「文化について」(昭和24年)という随筆があります。敗戦(1945年)後、日本人は深く(たぶん)反省し、これからは、干戈(=軍事力)ではなく、文化だ、というわけで、文化人(主に作家や文芸評論家)による「文化講演会」なるものが、大新聞社や大出版社の後援をうけて、戦後日本の津々浦々で行われました。そういう時代に引っ張りだこであった一人が小林秀雄でした。この随筆はその数多くの講演会の一つが元になっています。

 このエッセイは、「文化」と「批評」という二つの言葉を手掛かりに、昭和日本人の西欧理解の浅さを「叱責」する、という行文になっています。

 問題は、「批評」です。小林はこう言っています。

 もちろん、批評のないところに、新しい創造はないはずだ。批評は創造の手段であって、批評のための批評なぞいうものはない。ないはずのものが有り過ぎるのであります。クリティカルとかクリティックという言葉は批評と訳しているけれども、本来は危険という言葉です。危急存亡のことをクリティカル・モーメントという。まただんだん進んで行って、もうその先へ行けないという限界点を意味します。critiqueという言葉は西洋人にとっては、そういう語感がある。たとえば医者がお前はここが悪いと言う場合、「ここがクリティックだ」という。

 この時、小林は47歳で、昭和日本を代表する批評家としてその第一線に立っていて、年齢的にも脂の乗りきっていた頃でしょう。その小林が言っていることなので、聴衆は「さすが小林先生」と深く頷いて、メモなどとっていたのだと想像されます。

 私はこれを読んだとき、な~んだかおかしいなぁ、と不可解でした。「批評」のクリティックと「危険な/臨界的な」のクリティックが同一の語源から発しているというは、どうも不自然で整合的ではないと思われたのです。で、ま、いっかと、ずっと放置しておいたのですが、つい最近ちょっと調べてみようと思い直して、手許のジーニアス英和辞典(第五版)にとりあえず当たってみました。すると、わかったことはこうです。

 確かに、criticalという形容詞には、「批判的な、批評の」、の意と、「重大な、危険な」、の大別して二つの意味がありますが、前者は、critic(原義:見分け判断できる人)からの派生語、後者は、crisis(原義:決定的なもの→重要な分岐点)からの派生語、でありまして、名詞が形容詞化する際の語形の変化で、たまたま同一の、criticalとなり、辞典上は、同一項目におかれているに過ぎない、ということでした。

 重箱の隅を楊枝でせせる、の類の文句ではあります。しかし、学習用の英和辞典を見ても確認できることを、近代日本を代表する批評家が少し調べることもせずに、公共の言論として発してしまうのは、危ういことですし、恥ずかしいことです。

 私は大学生のころ、教養主義の強迫観念の下、小林の「考えるヒント」を随分読み、自慢げに鼻をひくひくさせていたものです。その後、憑き物が落ちたように読まなくなり今日に至っています。彼のベルグソン論やドストエフスキー論に借り物の臭いがして読む気が失せたのだと思います。

 従いまして、本居宣長という人間(=二百年前の自己狂言者)は私のマークしている要注意人物で、深く知りたいと願っているのですが、小林の畢生の大著『本居宣長』には全く食指が動きません。私の邪で愚かな偏見なのだろうとは思いますが。

 付言すれば、上記エッセイの、後ろの部分で、小林は近代日本の批評が批評者自身に届かない不徹底さを論難して嘆いていますが、これは、デカルトの「cogito, ergo sum」を下敷きにして、それを焼き直しているだけです。少なくとも、これらの小林の議論は実に下らないものである、と私は評価します。私にとり、小林秀雄よりも読むに値するものはたくさんあるので、今後読むことはないのではないか、と想像します。

参照
他山の石、あるいは小林秀雄のこと(2): 本に溺れたい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月20日 (金)

鬼束ちひろ「月光 」(2000年)

月(The Moon)といえば、鬼束ちひろの「月光 」。

最近どうしているのだろうか。

鬼束ちひろ - 月光 - YouTube



中秋の名月、ということで・・・。

 

小林秀雄『考えるヒント』(2004年)
お月見
 知人からこんな話を聞いた。ある人が、京都の嵯峨で月見の宴をした。もっとも月見の宴というような大袈裟なものではなく、集まって一杯やったのが、たまたま十五夜の夕であったといったような事だったらしい。平素、月見などには全く無関心な若い会社員たちが多く、そういう若い人らしく賑やかに酒盛りが始まったが、話の合間に、誰かが山の方に目を向けると、これに釣られて誰かの目も山の方に向く。月を待つ想いの誰の心にもあるのが、いわず語らずのうちに通じ合っている。やがて、山の端に月が上ると、一座は、期せずしてお月見の気分に支配された。暫くの間、誰の目も月に吸い寄せられ、誰も月の事しかいわない。
 ここまでは、当たり前な話である。ところが、この席にたまたまスイスから来た客人が幾人かいた。彼等は驚いたのである。彼等には、一変したと見える一座の雰囲気が、どうしても理解出来なかった。そのうちの一人が、今夜の月には何か異変があるのか、と、茫然と月を眺めている隣の日本人に、怪訝な顔付きで質問したというのだが、その顔付きが、いかにも面白かった、と知人は話した。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年6月25日 (月)

物理法則に物理量は存在するか(3.1)/ Are there physical quantities in physical laws?

F.Nakajima 様、コメントありがとうございます。

 さて、コメント戴いた内容ですが、重要な論点がいくつかありますので、順を追って、当方の頭の整理も兼ねて、コメント欄ではなく、記事として書いてみます。

1)wikipedia の「科学的実在論」をご紹介戴きありがとうございます。とても分かりやすく、こちらの考えを整理するのに役立ちました。

 戸田山和久氏の整理による、"独立性テーゼ"(「わたしたち人間の認識活動とは独立して、世界の存在や秩序があるはずだ」という主張)、"知識テーゼ"(「世界に存在するものや、それを統べる秩序について、私達は正しく知ることができるはずだ」という主張)、に沿って述べれば、私は、両テーゼとも、“考察上の第一次接近”としては、Yes です。だとすると、私も戸田山氏の分類によれば、「科学的実在論者」になりますね。

 ただし、この問題は、また話しが込み入りますので、次回の(4)で書いてみます。いま、少々時間もないので。

2)ポアンカレは、「直観主義者」か?

 今回、F.Nakajimaさんのコメントで、興味深かったのは、この点です。

 私が、「哲学の自然化」でポアンカレを引いた際、私としては直観主義の問題をなんら含意していませんでした。私は、規約主義者 conventionalist として彼を取り上げたつもりでしたので、直観主義の文脈で彼に触れられたので正直、意外でした。

 で、改めて、wikipedia「数学的直観主義」を読むと、直観主義の先駆者としてポアンカレの名が挙がっています。手許の岩波哲学・思想事典(1998)「直観主義」(佐々木力氏筆)でも、ポアンカレの名が挙がっていました。一方、平凡社世界大百科事典(1998)「直観主義」(柘植利之氏筆)では、全く触れられていません。

 私が岩波文庫版(1985第32刷)で読んだ、ポアンカレ『科学と仮説』(1902)には、7箇所「直観」という言葉が出てきますが、そこから数学上の直観主義を想起したことは一度もありませんでした。

 上記二つに資料でのポアンカレの名と、私が読んだ印象では矛盾が発生する訳です。

3)数学上の「直観主義」の特徴

 丁寧に言えば、オランダの数学者ブラウワー、または、ブローエル(Luitzen Egbertus Jan Brouwer)が提唱し、弟子のハイティング Arend Heyting らによる公理化を経て直観主義論理として整備され、現在では直観主義数学ないし構成的数学、という数学の1分野として、学界で市民権を得ている考え方、です。

 私も素人なので深いことはわかりませんが、昔、竹内外史のものなどを読んで感銘を受けた、著しい特徴は、「排中律を認めない」という点です。

 つまり、ある命題Pがあり、「P or not P」、「Pは正しいか、間違っているのか、のどちらかである」、というのが排中律です。

 で、それを認めないとなると、「真か、偽か、いまのところ真偽を確認する手段がない」、という、真偽の中間の値がでてくることになります。この志向 or 思考が、J.S.Mill の言う、half-truth とそっくりなので、私は大喜びしたわけですが、ま、それはいいでしょう。

4)ポアンカレは排中律を拒否しているか?

 すくなくとも、私が読んだ岩波文庫版『科学と仮説』では、そんな恐ろしいことは述べていませんし、7箇所でてくる「直観」も、そういう含意はありません。この言葉は、むしろ、ベルグソンの影響から来ていると思われます。小林秀雄流ベルグソンでいえば「直覚」という言葉に相当しそうです。

5)各国語版 wikipedia を調べた結果が以下です。

Intuitionism(英語)→ポアンカレに言及なし。
Intuitionismus(独語)→ポアンカレに言及なし。
intuitionnisme(仏語)→この項目存在せず。

Henri Poincaré(英語)→ Intuitionism に言及なし。
Henri Poincaré(独語)→ Intuitionismus に言及なし。
Henri Poincaré(仏語)→ intuitionnisme に言及あり。

6)仏語版 wikipedia の、Henri Poincaré 、での記述

 ここでようやく、明確な記述に出くわしました。概略、以下のようなことが書いてありました。ただ、日本語の読解力にはかなり自信がありますが、語学力は相当お寒いのが実態なので、間違いをご指摘戴ければ助かります。

「数学基礎論 Les fondements des mathématiques」の項の記述
・ポアンカレは「直観主義」の先駆とみなされることがあるが、ブラウアーの提唱するような排中律の否定はしていない。
・ポアンカレの*「直観主義」は、カント由来のものである。
・ポアンカレの使う「直観」は、「イメージ」とか「モデル」といった意味である。

 この記述なら、私の読んだポアンカレの印象とよく一致します。

 この簡単なリサーチから帰結できることは、ポアンカレの使う「直観」という言葉は、「イメージ」「直覚」とも換言できるもので、数学基礎論としての「直観主義」は唱えていない、というのが妥当ではないか、ということです。

 私の推論だと、日本語版wikipedia「数学的直観主義」、岩波哲学・思想事典のそれぞれの記述は、同一の資料からの引き写しではないか、少なくともともに根拠の薄いもの、という感じ、というところです。

7)したがって、ヒルベルトが形式主義をもって、反駁したのは、ブラウワーの直観主義である。

 上述したように、ブラウワーの直観主義は、全ての数学の基礎というよりは、数学の1分野として定着した、とみるべきでしょう。この分野の世界で最初の教科書は、竹内外史により、『直観主義的集合論』として、1980年に紀伊国屋書店から出ています。

8)なぜ、職業的数学者は直観主義を嫌悪するか?

 F.Nakajimaさんのご指摘の通り、職業的数学者で直観主義を採用する人物は、その分野を専攻する人以外いなさそうです。まあ、そうだと思
います。第一、背理法が使えないので、ありとあらゆる存在証明がやりにくくて困るでしょう。仕事になりません。これでは飯の食い上げ、です。

9)ヒルベルトの形式主義でもって、ブラウワーの直観主義は命脈が絶たれたか?

 既述のように、独立した一分野として数学界に地歩を得ているようなので、それはないのでしょう。また、コンピュータ・プログラムの記述に直接関連はあると言う話はどこかできいたことがありますし、それからすれば、計算機科学や計算の理論、計算量の理論、などには関連が深そうです。

 また、「証明論においてヒルベルトのいう有限的・構成的手法とは実は直観主義者的手法といっても過言ではないことがわかってきた。」1998 平凡社世界大百科事典「直観主義 intuitionism」、柘植利之氏筆

 とあるように、ヒルベルトとブラウワーはどちらも、数学的リゴリズムの塊のような気質の学者みたいなので、その慎重さから、“有限的”、“構成的”という手法が似てくるもの当然、という気もします。

10)ポアンカレの数学者としての特徴

 ポアンカレは、この世の中に存在する理論的問題は、まずは数学的問題に置換して、さっさと解いてしまえ、というタイプの数学者のように感じます。彼が広大な分野(位相幾何学、数理物理学、理論物理学、天体力学、科学哲学、etc.)で、大活躍したのもそういう彼の性格からきているのだと思われます。

 サイバネティクスのウィーナーは、熱力学・統計力学・電磁気学・ベクトル解析・代数学、といった数理物理学で八面六臂の大活躍したギブズ(Josiah Willad Gibbs)を評して、あまり数学的厳密さには頓着しないが powerful だと、評していました。

 まさに、ポアンカレも、厳密さよりも困難な事を数学的に定式化して解いてしまうことに生きがいを感じた powerful な数学者タイプだったと言えるでしょう。だから、ヒルベルトのフォーマリズムには、理論的にというより、生理的に反発を感じていたと思われます。**

 ヒルベルトと反目していた、そして「直観」という言葉を頻繁に使っていた、という二つの側面から、ポアンカレは「直観主義者」だ、という言説、というか誤解が生まれたと思われます。

※追記

*「ポアンカレのいう」→「ポアンカレの」、に訂正。ポアンカレが「直観主義」そのものを唱えているわけではなく、仏語版wikipedia 執筆者がカントと結びつけるためにそういっているだけなので。

**それだけに、ヒルベルトの形式主義より一層、数学者の手足を縛る、ブラウワーの直観主義など、ポアンカレにとり論外だったはずです。

〔参照〕
intuitionism 雑考

〔参照〕
「哲学の自然化」?
「哲学の自然化」?(2)
物理法則に物理量は存在するか?(1)
物理法則に物理量は存在するか?(2.3)
物理法則に物理量は存在するか(4/結語)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年4月15日 (日)

鎌倉紀行(3)-掃苔録篇-

 なだらかな山肌に、段々畑様の墓所が拵えられている。その中腹あたり。そこが小林秀雄の墓だ。地味な花が手向けられている。敷地の入り口には「小林家」。奥には五輪塔。掘り込まれた仏は輪郭も定かでない。けれん味が身上だった鬼籍の御当主からすると、その落ち着いた風情はちょっと意外。好感が持てた。

 立派だったのは、前田青邨筆塚。十三重塔である。立派過ぎて、絵師などという、いわばアウトカーストな稼業のものとしてはなんだかなぁ、という感じ。ま、(国立)東京藝術大学教授、文化勲章受章者、としては、本人がどうであれ、周辺にはあのように祭り上げたい人間は多数いたろう。ま、いいでしょう。

 ということで、掃苔録篇は終わり。中世都市鎌倉、一望篇を書くつもりだが、いつのことになるやら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月31日 (土)

鎌倉紀行(2)-掃苔録篇-

 鎌倉は山と海でできている。頼朝が己の根城としたのも頷ける天然の要害だ。その堅く引き締まった一帯の合間を縫って、うねうねと鎌倉街道が走る。

 東慶寺への入り口は、その鎌倉街道に向けて、ひっそりと佇んでいた。近所の円覚寺や建長寺のように大伽藍があるわけでもなく、至って質素で見過ごしやすい。

 入り口から斜面を登り、2、3分歩くと、山門がある。他山の例に漏れず、100円の入山料を取られ、ぼちぼちと歩いていく。案内も請わずに緩やかな山肌の階段を一歩ずつ進んでいくとその奥まったところが墓所だ。

 まず、最初に探したのが、和辻哲郎のお墓。和辻のものなどほとんど読んでないに等しいが、結構好きな訳だ。実際に見ると、ゆったりとした敷地に「和辻家之墓」とある。彼岸の時分なのだが、人気(ひとけ)がない。これから来るのだろうか。

 仏教学者の中村元は「和辻先生は日本の Max Weber だ。」と書いていたが、それを得心するにはまだまだ時間がかかりそう。

 次に探したのは、西田幾多郎。こちらもあまり彼岸の雰囲気が見えない。ただ、西田幾多郎は、金沢、京都、にも分骨しているはずだから、縁者はそちらに行くのか。西田の著作には、何か大事なことを書いているようには思うのだが、初めの数頁を読んだあたりで頓挫している。ま、気長にいこう。

 それから、鈴木大拙を探す。こちらは人の手が入っていた。私自身、一冊も読んだことがないので、完全なるミーハー的興味。土門拳の写真集のキャプションに、自宅では家族と英語でしか話さない、とか書いてあったのが引っかかり、あまり読む気になれないままだ。

続く。次は、小林秀雄。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年3月30日 (金)

牧原憲夫『民権と憲法―シリーズ日本近現代史〈2〉』岩波新書(2006年)

 興味深く読んだ。その意味で買って損はない。800円弱の支出は、倹(つま)しい昼食代なら2日から1.6日分か。

①肯定的評価。明治前期の史実に関するリソースとして価値は高い。というより、大量の、気付きにくい、ただし重要な情報満載である。学界の研究業績への目配りの広さには感心する。読者はこの本のどこかしらに、己の興味関心を惹く話題を眼にすることができる。私にしても、幾つもの再発見をさせてもらった。

②否定的評価。History なのに story がない。私は、「面白い、面白い。」で読了したあと、「さて、俺は何を読んだのだろう。」と、暫し首を傾げてしまった。これは、史書として少々、致命的。

 ただし、この点について、著者はその苦衷を正直に「あとがき」に記している。

「民権と憲法」というタイトルでこの時代を描くのは気が重かった。p.207

だが、私自身はそれらを活用してまとまりのある歴史像を描けるまでには至らなかった。同上

 一つ言えることは、著者も漏らしているように、タイトルと内容の齟齬である。その点、当blog記事の最後に目次を掲げてあるので参照して戴きたい。タイトルから受けた私の予断は、簡便で最新の「明治憲法成立史」なのかな、であった。それでちょっとワクワクもしていた。その点、些か失望した。

 これは、著者の責任というより、出版社側、ないし編集者側の問題だろう。「民衆と憲法」というタイトル、ないし主題で依頼するなら、近代日本を領分とする法史学系か、政治史学系、ないし思想史系の研究者に任せるべきだった。

 逆に、出版社としてこの著者を選んだなら、タイトル、ないし主題は、「民権から憲法へ」、とか、「臣民の誕生」、「民草から臣民へ」といったものが適切だったろうと思う。そうしたら、著者も生き生きと己が納得する一書をものすることができたかも知れないと推察する。その無理が、せっかくの食材をおいしい料理へと化学変化させられなかった最大の原因と考える。

 けなす評論はダメ評論、とは、知的スタイリスト小林秀雄の言だ。だから、私も positive なことを幾つか書いて、この小論を閉じよう。

ⅰ)p.9 ここに、地方三新法(郡区町村編成法、府県会規則、地方税規則)が1878年に公布されたことが書かれている。付加的記事として、有資産の二〇歳以上の男子のみに通常与えられていた戸長、町村議会の選挙権が、1880年(明治13年)高知県の上街(うえまち)町、小高坂(こだかさ)町では、「女戸主」にも認められたことに触れている。

 これは、後に「民権ばあさん」と呼ばれた楠瀬喜多(くすせきた、1836年-1920年)の活躍に負うものだ。

 女性の参政権に関しては、1869年、イギリスで地方自治体の選挙権を女性が得、同年に米国ワイオミング州で憲法修正の形で州議会の選挙権が女性に認められている。国政レベルでは、ニュージーランドで世界で初めての婦人の参政権が認められたのが1893年だ。それからすれば、土佐の1880年の動きは目立たないとはいえ、人類史的意義を有するといってよい。この歴史的な小さな一歩がその後どういう顛末をたどったかは上記楠瀬喜多紹介のサイトをご覧戴きたい。

 ついでに言えば、1930年(昭和5年)に、浜口雄幸内閣のもとで、地方自治体の議員の選挙に関して、その適用範囲を、「帝国臣民タル年齢25年以上ノ男子」から、「年齢25年以上ノ帝国臣民」に改め、婦人の公民権を認めた、いわゆる「婦人公民権法案」が、衆議院を通過している。無論、貴族院で否決されたのは言うまでもない。大日本帝国の崩壊はその15年後である。

ⅱ)p.52、芸妓の政治勉強会である芸妓自由講、盲人の政治勉強会である盲目演説会・仙台群盲共同会の話題が眼を惹く。

ⅲ)p.75、困民党が1883-4年に、八王子・町田・相模原といった多摩地方で活躍したことが書かれている。多分、これが遠因となって、
1893年(明治26年)に、西多摩・南多摩・北多摩が神奈川県から東京府へ移管された、と私は睨んでいる。『大菩薩峠』の著者、中里介山の出生地が、神奈川県西多摩郡羽村(現、東京都羽村市)と記される謎もここに秘密がある。この件に関して、中里介山、出生地のなぞ(2)、を参照されたし。

ⅳ)他にも、多数、興味深い史実がちりばめられている。読者は目次を見て、ご自分の興味関心からランダムにアクセスするのもよいだろう。本書の論旨理解に差し支えは出ないと思う。

牧原憲夫『民権と憲法―シリーズ日本近現代史〈2〉』岩波新書(2006年)

  目次
第1章 自由民権運動と民衆
第2章 「憲法と議会」をめぐる攻防
第3章 自由主義経済と民衆の生活
第4章 内国植民地と「脱亜」への道
第5章 学校教育と家族
第6章 近代天皇制の成立

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月19日 (月)

鎌倉紀行(1)-掃苔録篇-

 さて、掃苔録とはなにか。大辞林 第二版(三省堂)によれば、

そうたい さう― 【掃苔】
〔墓石の苔(こけ)を掃き清める意〕墓参り。特に、盂蘭盆(うらぼん)の墓参をいう。墓掃除。[季]秋。

 つまり、文人墨客など、知名人の墓めぐりである。

 私が訪れたのは、北鎌倉、東慶寺。詳細はこのリンクを辿って戴きたい。私が実際に確認できたのは、以下である。

後醍醐天皇皇女、用堂女王

哲学者
 鈴木大拙、安倍能成、西田幾多郎、和辻哲郎

実業家
 岩波茂雄、出光佐三

文学者
 田村俊子、小林秀雄

画家
 前田青邨筆塚

学者
 東畑精一、四郎

スポーツ
 大松博文、織田幹雄

 それぞれの墓についての感想は、次回に。

※なお、下記が参考になる。
文学者掃苔録

| | コメント (2) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

political theory / philosophy(政治哲学・政治理論) abduction(アブダクション) AI ( artificial intelligence) Aristotle Ars longa, vita brevis Barzun, Jacques Bergson, Henri Berlin, Isaiah Bito, Masahide (尾藤正英) Blumenberg, Hans Buddhism (仏教) Christianity(キリスト教) cinema / movie Collingwood, Robin G. Creativity(創造性) Descartes, René Eliot, Thomas Stearns feminism / gender(フェミニズム・ジェンダー) Flusser, Vilém Football Foucault, Michel Greenfeld, Liah Hermeneutik(解釈学) Hirschman, Albert. O. Hobbes, Thomas Hume, David Kagawa, Shinji Kant, Immanuel Keynes, John Maynard Kimura, Bin(木村 敏) Kubo, Takefusa(久保建英) language=interface(言語=インターフェース) Leibniz, Gottfried Wilhelm Mansfield, Katherine mathematics(数学) Mill, John Stuart mimēsis (ミメーシス) Neocon Neurath, Otto Nietzsche, Friedrich Oakeshott, Michael Ortega y Gasset, Jose PDF Peak oil Poincare, Jules-Henri pops pragmatism Russell, Bertrand Schmitt, Carl Seki, Hirono(関 曠野) Shiozawa, Yoshinori(塩沢由典) singularity(シンギュラリティ) slavery(奴隷) Smith, Adam sports Strange Fruit technology Tocqueville, Alexis de Tokugawa Japan (徳川史) Toulmin, Stephen vulnerability(傷つきやすさ/攻撃誘発性) Watanabe, Satoshi (渡辺慧) Wauchopte, O.S. (ウォーコップ) Weber, Max Whitehead, Alfred North 「国家の品格」関連 お知らせ(information) ももいろクローバーZ アニメ・コミック イスラム ハンセン病 三島由紀夫(Mishima, Yukio) 与謝野晶子(Yosano, Akiko) 中世 中国 中村真一郎(Nakamura, Shinichiro) 中野三敏(Nakano, Mitsutoshi) 丸山真男(Maruyama, Masao) 佐藤誠三郎(Sato, Seizaburo) 佐野英二郎 備忘録 内藤湖南(Naito, Konan) 前田 勉(Maeda, Tsutomu) 加藤周一(Kato, Shuichi) 古代 古典(classic) 古書記 吉田健一(Yoshida, Kenichi) 和泉式部(Izumi Shikibu) 和辻哲郎(Watsuji, Tetsuro) 哲学史/理論哲学(history of philosophy / theoretical philosophy) 国制史(Verfassungsgeschichte) 土居健郎(Doi, Takeo) 坂本多加雄(Sakamoto, Takao) 坂野潤治 夏目漱石(Natsume, Soseki) 大正 大震災 学習理論(learning theory) 安丸良夫 宮沢賢治(Miyazawa, Kenji) 小林秀雄(Kobayashi, Hiedo) 小西甚一(Konishi, Jinichi) 山口昌男(Yamaguchim, Masao) 山県有朋(Yamagata, Aritomo) 川北稔(Kawakita, Minoru) 幕末・明治維新 平井宜雄(Hirai, Yoshio) 平川新 (Hirakawa, Arata) 心性史(History of Mentality) 思想史(history of ideas) 意味的干渉 Semantic interference 感染症/インフルエンザ 憲法 (constitution) 戦争 (war) 折口信夫 文化史 (cultural history) 文学(literature) 文明史(History of Civilizations) 斉藤和義 新明正道 (Shinmei, Masamich) 日本 (Japan) 日米安保 (Japan-US Security Treaty) 日記・コラム・つぶやき 明治 (Meiji) 昭和 書評・紹介(book review) 服部正也(Hattori, Masaya) 朝鮮 末木剛博(Sueki, Takehiro) 本居宣長(Motoori, Norinaga) 村上春樹(Murakami, Haruki) 村上淳一(Murakami, Junichi) 松尾芭蕉(Matsuo Basho) 松浦寿輝(Matsuura, Hisaki) 柳田国男(Yanagida, Kunio) 梅棹忠夫(Umesao, Tadao) 森 恵 森鴎外 (Mori, Ohgai) 概念史(Begriffsgeschichte) 歴史 (history) 歴史と人口 (history and population) 死(death) 比較思想(Comparative Thought) 水(water, H2O) 法哲学・法理論/jurisprudence Rechtsphilosophie 清少納言(Sei Shōnagon) 渡辺浩 (Watanabe, Hiroshi) 湯川秀樹(Yukawa, Hideki) 環境問題 (environment) 生活史 (History of Everyday Life) 知識再生堂 (Renqing-Reprint) 知識理論(theory of knowledge) 石井紫郎(Ishii, Shiro) 石川淳(Ishikawa, Jun) 社会契約論 (social contract) 社会科学方法論 / Methodology of Social Sciences 禁裏/朝廷/天皇 福沢諭吉 (Fukuzawa Yukichi) 科学哲学/科学史(philosophy of science) 米国 (United States of America) 紫式部(Murasaki Shikibu) 経済学/経済学史(Economics / History of Economics) 統帥権 (military command authority) 美空ひばり (Misora, Hibari) 羽入辰郎 (Hanyu, Tatsurou) 自然科学 (natural science) 荻生徂徠(Ogyu, Sorai) 華厳思想(Kegon/Huáyán Thought) 藤田 覚 (Fujita, Satoshi) 複雑系(complex system) 西洋 (Western countries) 言葉/言語 (words / languages) 読書論 (reading) 資本主義(capitalism) 資源論/The Theory of Resources 赤松小三郎 (Akamatsu, Kosaburou) 身体論 (body) 近現代(modernity) 速水融(Hayami, Akira) 進化論(evolutionary system) 選択的親和関係(Elective Affinities / Wahlverwandtschaften) 金融 (credit and finance) 金言 関良基(Seki, Yoshiki) 靖国神社 高橋 敏 (Takahashi, Satoshi) 鮎川信夫 (Ayukawa, Nobuo) 麻生太郎 (Aso, Tarou) 黒田 亘(Kuroda, Wataru)