意味的干渉 Semantic interference

2019年5月12日 (日)

「左翼 left wing」の語源について

 21世紀の日本において、ほぼ死語となった感がある、「左翼」。

 かつて、共産主義、マルクス主義そのもの、あるいはそれに共鳴する政治的立場を象徴する言葉であったことは、ある年齢以上の人々には自明のことでした。最広義では、「平等」と「自由」を天秤にかけて前者を重視する人々も、この語で言われていました。

 元来は、18世紀末、フランス革命の渦中において、1792年のフランス国民議会の議場で、議長席からみて左側が急進派(ジャコバン派 Jacobins)、中央が中間派、右側に穏健派(ジロンド派 Girondins)が議席を占めていたことに端を発します。

※ 仏 gauche(ゴウシェ)  独 Linke(リンケ)   英 left 

 ヨーロッパの政治情勢の中で普通名詞化しますが、日本には大正中期から翻訳語として使われました。それが「左翼」であり、類義語「左傾」「左派」「左党」、等です。しかし、日本における「左翼」タームには、別の歴史的起源もありそうだと最近考えています。

 漢和辞典で「左」を引くと、②あたりに、〈低い地位〉という意味があります。例えば、「左遷」(組織の中でその地位が下がること)などは現代でも普通に使われてます。そして④あたりに、〈不正な〉という意味があり、用例として「左道(さどう)」とあります。これは古代中国から使われている語で、出典は、礼記‐王制「析言破律、乱名改作、執左道以乱政殺」です。小学館日本国語大辞典で「左道」を引くと、「(1)正しくない道。不正な道。邪道。」とあり、用例も、8世紀の『続日本紀』から始まり、19世紀の『南総里見八犬伝』「件の術は左道(サドウ)にして、勇士の行ふべきものならず」まで、6例紹介されています。つまり、日本語の歴史的用例としては、「左」の「道」は、道徳的・倫理的にネガティブな意味で使われてきたことが伺えます。

 Karl Marxの Das Kapital 第1巻が「明治維新」の前年(1867年)にハンブルグで出版されてから、高畠素之全訳日本語版(1920~24)が出されるのが半世紀後の大正年間です。マルクスの名は1900年前後には明治人の耳にもチラホラ届いていた一方で、1910(明治43)年の大逆事件のframe-upに見られる、「時代閉塞の状況」(石川啄木)が明治の御代に充満し始めていました。明治日本のシステム管理者たちも、欧州から流入する「left wing」に警戒感を高めていたでしょう。「左翼」という日本語が誕生したのも、ちょうどその頃です。その「左」観念に、日本語在来の語感が意味的干渉を起こすのは避けられなかったのでは?、と考えた次第です。「左翼」は、その誕生から stigma を負う運命にあったと言えそうです。

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2014年8月18日 (月)

社会秩序の崩壊と個人の救済 / Collapse of Social Order and Salvation of the Individual

 故尾藤正英氏の新著にこうある。

南北朝の対立を生んだ十四世紀の日本の社会は、古代以来の律令制国家ならびにその変容としての荘園制を基盤とした国家の体制から、やがて十七世紀に入って完成される近世の新しい統一国家の体制へと移行する、過渡期の激動の時代の始まりの段階に当っていた。まもなく十五世紀後半には、応仁の乱を契機として、全国的な動乱の時代としての戦国時代を迎えることとなる。このように不安定な政治的・社会的な状況のもとでは、既成の国家的秩序を支えていた思想の権威は失われ、それに代わるものとして、人々は何らかの超越的な権威を求め、それを乱世を生きぬくための心の依りどころとしようとした。
尾藤正英『日本の国家主義-「国体」思想の形成』2014年5月、岩波書店 、p.59

 戦後日本の知的風土においては、戦中期の苦い記憶、例えば相互監視社会的な閉塞感、本来公共的(public)な言論空間の官製化(official)、等のため、国家や地域社会レベルの《秩序》を嫌悪する雰囲気が蔓延した。そのため、「自由」という語は無条件で肯定的な語感を有するものとして氾濫した。

 しかし、慎重に考えれば、《秩序》の対義語は「無秩序」であり、「無秩序」と「自由」は本来関係が無い。「無秩序」は個人を包含する多くの他者との位相や国家的・地域的な実効的統治の有無と連接し、「自由」は個人の身体的、心的(あるいは霊的)行為の選択可能な機会の有無と関連する。

 ところが、「自由・狼藉・乱妨」という中世以来の伝統的な語感を蔵したまま、liberty / freedom / liberté の訳語として「自由」なる近代日本語が定着する捩れた経緯もあり、「自由」は実質的に「無秩序」「無規制」「無法」という共通理解で使用されるに至る。

 その欧州語の《自由》は、素晴らしきフランス革命の標語「Liberté, Égalité, Fraternité(自由・平等・友愛)」や、ドイツ語「Freiheit(自由)」といった、人間の生得権(birth right、基本的人権)の筆頭にくる最重要な近代社会の市民の権利だった。従って、この麗しき「自由」は、19世紀以降の日本社会に、深層的語感〔=自由・狼藉・乱妨⇔無秩序〕を維持したまま、表層的意味として定着化した。(この部分、20180122に加筆
この現象を「意味的干渉 Semantic interference」と私は呼びます。 

 こうなると、国家的・地域社会的秩序が崩壊している anarchy な事態が「好もしく」なり、それが近代的な「自由」をさえ示唆するかの如きになる。このため、義務教育を経た日本人の「好きな」歴史時代といえば、「幕末維新」であり、「戦国」となる。なぜなら、そこには「自由」が溢れているからだ。

 しかしながら、公法的秩序が崩壊し、実効支配する権力が存在しない国家・社会で、人々が「自由」であり続けられる訳がない。

 応仁の乱以後、一世紀を超える《内戦》である「戦国」時代に関しては、下記の図版をご覧頂きたい。大坂夏の陣(1615年)の屏風絵であるが、なんと軽卒たちは戦闘ではなく追剥(おいはぎ)と奴隷狩りに夢中である。

当たり前の乱取り 乱暴 狼藉の無法地帯 - daitakuji 大澤寺 墓場放浪記」様より拝借(他の図版もこちらにあります)

 また、デカルト、ニュートンの科学革命の時代であるはずの、西欧の十七世紀が如何に凄惨な「殺戮の世紀」であったかは、その生き証人である、ジャック・カロのエッチング(1632年)を見て欲しい。下記は、「File:The Hanging by Jacques Callot.jpg - Wikimedia Commons」様より拝借

799pxhanging_from_the_miseries_and_misfo

ジャック・カロ | 『戦争の悲惨(大)』:農民たちの復讐 | 収蔵作品 | 国立西洋美術館
ジャック・カロ | 『戦争の悲惨(小)』:農民たちの復讐 | 収蔵作品 | 国立西洋美術館
カロの銅版画にみる宗教政治の惨禍 - Waseda University Library

 人々は当てにできる公権力を失い、自力救済のため武装せざるを得ない。しかし、暴力と流血と飢餓と死体が日常化する中で人は精神の平衡を失いかねない。人は武装によって身体は自力救済可能だが、魂は救済できない。したがって、此岸(人間的秩序)を越えた、彼岸の権威・力を希求することになる。これが戦国期に隆盛を誇った一向一揆や法華一揆の背景であり、西欧十七世紀が宗教"改革"(三十年戦争 or 魔女狩り)の時代でもあった理由である。

 ここで、本日の余剰リソース(時間、元気)が涸渇したため、続編とする。


◆関連、弊ブログ記事
1)徳川期における脱呪術化(Entzauberung = Demagicalization in Tokugawa Japan): 本に溺れたい
2)呪術拒否と無神論/ Rejection of MAGI (magic) and Atheism: 本に溺れたい
3)Collapse of Social Order and Salvation of the Individual: 本に溺れたい〔本記事の英訳版〕

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2007年11月29日 (木)

思考モデルとしての法/ law as thinking model

決定や行動、発話や議論における時機についての問題は、昔の哲学にとっては中心的なトピックであった。「合理的なことを企てる rational enterprise」際の当のモデルは、十六世紀の学識者にとっては、科学ではなく法律であった。

法律学は「実践的合理性 practical rationality」と「時機 timeliness」とのつながりのみならず、地域的多様性のもつ意義、特殊性との関連、および口頭で行う議論におけるレトリックの効力などをも明るみに出す。これと比較してみると、普遍的な自然哲学を目指すすべてのプロジェクトは、人文主義者には疑わしいものに思われた。100年後、事態は逆転していた。デカルトと彼の後継者たちにとっては、時機的な問題とは哲学とは何の関わりもないものであった。かわりに、彼らの目的は、変りやすいすべての現象の背後にある造化の神の永遠の構造を明るみにだすことであった。
以上、スティーブン・トゥールミン『近代とは何か』法政大学出版局(2001年) 、pp.53-54より

「資源なき第三者」は、紛争解決のために何らかの物理的資源を動員するわけにはいかないから、なしうるのは紛争についての何らかの判断(決定)を示すことだけである。そして、紛争当事者をコントロールできる資源をもたない者がする決定なのであるから、或る目的達成のための手段として当事者を位置づける(こうするには資源を要するから)、という思考様式(目的=手段思考様式)に立つことはできない。そして「目的=手段」の関係が成立するには、因果法則の存在を前提としなければならないから、このことは、「資源なき第三者」の依拠する思考様式が因果法則を前提とした思考様式ではないことを意味する。ということは、「資源なき第三者」は、紛争当事者を高次の目的を達する手段としてではなく、それ自体いわば目的として扱わなければならない。つまり、紛争当事者を相互に比較するという思考様式を採らざるを得ない。すなわち、因果法則を用いない以上、紛争当事者の一方を他方と比較してどのように扱えば、「公平」か、あるいは「正義」に適うか、という規範的判断に依拠するほかない。たとえば、「資源なき第三者」は、紛争をあたかも病気のごとくに位置づけ、病気の原因は何かを調査し、当事者の一方または双方のどの部分に原因があるのかをつきとめ、その原因を除去する、という思考様式に立つことができない。それは、当事者と当事者を全体として比較する思考様式ではないから、一方のみに偏した、「公平」でない判断として受けとられ、紛争解決の役割を果たさないからである。
以上、平井宜雄『法政策学 第2版』有斐閣(1995年) 、p.17より

 法文化、ないし「思考モデルとしての法」は、西洋が生み出した人類への大きな貢献である。しかし、明治において制度として「法」が導入されたとき、日本伝来の「法度はっと」観念と意味的干渉を起こし、目的=手段志向、あるいは因果論的志向の下に理解され運用実践されてきた。そのため、現代においても、市民常識としての「法」は「ご法度」とほぼ同義語のままであるのが実態だろう。それからすれば、日本において、「近代」は「 postmodern 」ではなく、「 Re-modern 」こそがやはり「問題」とされるべきだし、少なくとも「西洋近代」への日本なりの態度決定は、「近代」の「西洋における文脈」の再考を経たものでなければならないはずだと思う。

 思想史的に、「二つの『科学による反革命』* 18世紀スコットランドと19世紀フランス」というストーリーに気が付いたのだが、当夜の資源が枯渇しつつあるので、このテーマは後日ということで。

* F. A. Hayek, The Counter-Revolution of Science: Studies on the Abuse of Reason. 『科学による反革命』(佐藤茂行訳、木鐸社)、を借用。

※20190304追記
下記、弊記事も参照。
過去を探索する学問モデル

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