文学(literature)

2024年7月20日 (土)

関 曠野「知は遅れて到来する ―ドラマにおける時間について―」(1985年5月)/Seki Hirono, Knowledge Comes Late, On Time in Drama, 1985

 ソポクレスの悲劇『オイディプス王』の冒頭で、神官がオイディプスにテーバイに降りかかった災厄について報告する。誰も知りえぬ原因によって今や作物は枯れ、家畜たちは死に、生まれぬ子の産褥に女たちはあえぎ、疫病が国中を荒らしまわっている。かつてスフィンクスの謎を解いてテーバイの人々を怪物から解放したオイディプスに、再び「社会科学者」および「法の執行者」として人民の救世主になるべき時が来たのだ。そして神官が説くオイディプスの使命は、演劇そのものの使命でもある。共同体の危機と苦悩なしには、演劇はその存在理由を失う。共同体が何かの原因でアブノーマルな状態にあること―そこに一切の演劇の発端がある。

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2023年8月30日 (水)

徂徠における規範と自我 対談 尾藤正英×日野龍夫(1974年11月8日)/Norms and Ego in the Thought of Ogyu Sorai [荻生徂徠]

以下に転載する文は、いまから49年前の対談の記録です。中央公論社から半世紀前に全50巻で出版された叢書『日本の名著』中の、第16巻「荻生徂徠」付録に掲載されたもので、この巻の編者尾藤正英氏(徳川思想史)と日野龍夫氏(徳川文学史)のお二人による対談です。ご両人とも既に鬼籍に入られておられます。

大日本帝国の「アジア・太平洋戦争」が、1945(昭和20)年に、連合国軍への無条件降伏で幕を閉じて以降の約25年間、石油ショック以前の、いわゆる「戦後」期において、徳川期の政治思想史における荻生徂徠像は、1952年に出た、丸山真男著『日本政治思想史研究』東京大学出版会(ただし、収録された論文はすべて戦時下に発表された業績)の強い影響下にあるものでした。それは要するに、モダンな、白「徂徠」だったと言ってよいでしょう。徳川日本の政治思想史の展開において、'modernization' の文脈から肯定的に徂徠を位置づけたものでした。

この中央公論社の『日本の名著 第16巻』に収められた、尾藤氏の解説論文「国家主義の祖型としての徂徠」(以下掲載の講談社学術文庫版にも収録)が提出した徂徠像は、丸山氏の白「徂徠」とは真逆の、黒「徂徠」でした。その後、対談者の日野龍夫氏による《文学としての徂徠学派》研究も現れて、徂徠、および徂徠学派の文学運動としての側面からも光があてられ、戦後/高度成長期「徂徠像」は根本的に転換して今日に至っています。反民主主義思想家としての荻生徂徠、です。

つまり、この対談は、戦後の徂徠像の根本的修正に大きな影響を与えた、お二人の碩学の対談ということになります。それだけに貴重であり、また会話体ですから、議論の流れも理解し易いものになっています。徂徠の功(白い徂徠)と罪(黒い徂徠)をともに語っている点も見逃せません。私にとり、とりわけ興味深かった議論は、日野氏(下記日野氏著作にも関連論文収載)の語る、文学運動としての徂徠派、あるいは、自我解放の文学としての江戸期戯作、でした。

一方で、この対談が今後、活字化(テキスト化)される可能性は限りなくゼロに近いでしょう。著作権継承者たちはいらっしゃるでしょうが、対談でもあり、お二人の拾遺集のようなものが編まれても、複数の著作権がからむため、まず日の目を見ることはないでしょう。そのため、このまま歴史の絨毯の下に埋没してしまうのを恐れ、不肖私がデジタルテキスト化致しました。著作権継承者の方々から削除要請がくれば従いますので、それまで掲載させて頂ければ幸甚です。

荻生徂徠「政談」 講談社学術文庫2013/1
江戸人とユートピア 岩波現代文庫2004/5
日本の国家主義—「国体」思想の形成 岩波書店2014/5
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2023年8月 6日 (日)

What is 'lucid writing'?/ Yukio Mishima (1959)

It is said that when asked about the secret of writing, Mori Ogai replied, "First, clarity, second, and third". This is one of the definitive attitudes of a writer toward writing. It is well known that Stendhal modeled his writing on the "Napoleonic Code" and created a style of rare clarity. In fact, it is this kind of lucid writing that is the most difficult for the layman to imitate and the most subtle to taste with the tongue. This is because it is the opposite of tastelessness, and yet it is the opposite of tastelessness.Here is what Herbert Read said about Hawthorne's writing style. It seems to me that this is a very lucid definition of what "lucid writing" is all about. Herbert Read says the following:

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「明晰な文章」とはなにか/三島由紀夫(1959年)

鴎外は人に文章の極意を聞かれて、一に明晰、二に明晰、三に明晰、と答えたと言われております。これは作家の文章に対する一つの決定的態度であります。スタンダールが『ナポレオン法典』を手本にして文章を書き、稀有な明晰な文体を作ったことはよく知られていますが、実は最も素人に模写し難い文章、舌で味わうにはもっとも微妙な味をもっている文章は、こういう明晰な文章なのであります。何故ならばそれは無味乾燥と紙一重であって、しかも無味乾燥と反対のものだからであります。このような文章について、ハーバート・リードがこう言っております。これはホーソンの文体について言ったものでありますが、私にはこれが「明晰な文章」というものに関する、非常に明晰な定義であると思われる。

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2023年8月 2日 (水)

暑き日を海にいれたり最上川(芭蕉、1689年)

暑き日を海にいれたり最上川(奥の細道、1689年、元禄2年6月14日)

 暑気払いに芭蕉の句をひとつ。山本健吉の《読み》でご堪能ください。

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2023年7月26日 (水)

生きていることの罪と喜び/深瀬基寛(朝日新聞、昭和40〔1960〕年7月4日、日曜日)

 どうも人間というものは、ただ生きているというだけで他人に善悪いろいろの影響を与えるものらしい。コロンブスはアメリカを発見したためにあんなに多くの黒奴の大虐殺を誘致した。わたしのように一生語学の教師をしてきた人間はテキストの誤訳さえ犯さなければ罪はないかというと、決してそうでない。その例を二つ三つわたしの実例によって示してみよう。

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2023年7月21日 (金)

五月雨の晴れ間に出でて眺むれば青田を涼しく風わたるなり〔良寛 18C〕

 西日本は昨日、梅雨が明けたらしい。関東ではまだそのニュースは流れていない。

 ここ数日酷暑が続いていたが、今日は午後から断続的に多少強めの雨が降った。不意に降って、気付かぬうちにやんでいた。また降るかと少し気にはなったが、小さな所要を果たしに出ることにした。

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2023年5月15日 (月)

初期近代の覇権国「オランダ」の重要性/ Importance of the Netherlands as a hegemonic power in the early modern period

 西欧世界における初期近代(Early modern)である17Cの覇権国は、北部ネーデルランド連邦共和国でした。

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2023年5月 8日 (月)

「ノスタルジア」の起源

「ノスタルジア」の起源は意外とはっきりしています。1688年、スイスの医学生がバーゼル大学に提出した学位論文にこの語があります。原題は次のようなものです。
"Dissertatio medica de nostalgia, oder Heimwehe".
Nostalgiaimagewellcomecollection
Death by Nostalgia, 1688 | TS Digest | The Scientist

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Origins of 'nostalgia'.

The origins of 'nostalgia' are surprisingly clear: in 1688, a Swiss medical student submitted a thesis to the University of Basel. The original title is as follows.

"Dissertatio medica de nostalgia, oder Heimwehe".
Nostalgiaimagewellcomecollection
Death by Nostalgia, 1688 | TS Digest | The Scientist

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