幕末・明治維新

2026年6月15日 (月)

朱子学的モダニティと《明治維新》/Neo-Confucian Modernity and the Meiji Restoration

以下、弊ブログ記事から二つ引用します。

1)現象学者としての朱子/ Zhu Xi as a Phenomenologist (2021/03/31)

 まずは二書からの引用をみて下さい(引用中のカラーフォントは引用者による)。

現象学の立場から言えば、私たちは心のなかにあるもっとも純粋な状態を拠り所にすることで、世のなかにある様々な偏見に囚われずにものを見ることができる。文字文化や学校教育からくる夾雑物を取り去って心を惑わすものから純化された、最も正しいものを見ることができる。これがサルトルの立場であり、もともとはデカルトの立場である。
加藤尚武『20世紀の思想 マルクスからデリダへ』1997年PHP新書 、第四章解釈学と構造主義、「デリダ」p.118


それはつまり程度の差こそあれ善は人間の普遍な必然であり、悪は人間の必然ではないとする思考である。悪はむしろ人間の偶然であり、たとえば鏡の表面に付着したほこりである。それを除去すれば、本来の明鏡に復帰し得るというのが、宋の朱子学の説であり、江戸初期の惺窩羅山の祖述するものも、それであった。
吉川幸次郎、「仁斎・徂徠・宣長」序、決定版 吉川幸次郎全集〈第17巻〉日本篇(上)、1975年、p.545

 上記二書における、現象学と朱子学の要約がそれぞれ適切であるなら、西欧におけるデカルト(1596-1650)の相対的位置は、中華帝国における朱子(1130-1200)に比定できます。中国史における「宋朝近世」説あるいは「初期近代としての宋朝」説への、一つの手掛かりと考えても宜しいでしょう。

〔参照1〕cogito ergo sum(われ思う、故にわれ在り): 本に溺れたい
〔参照2〕小津富之助とは何者か(2): 本に溺れたい

 

2)「御一新」 その隠されたモダニティ(1)(2006/11/22)

まずは、以下の二つの引用を対照して、その奇妙な並行現象に注目していただきたい。

「おそらく、国学や水戸学的言説で満たされていた当時の思想空間において、「神武創業」は、抜本的革新を志向する文脈に登場してくる必然性を持った観念だったのであり、しかもそれは、王政復古の大号令の一節、「旧来驕惰の汚習を洗い」にもうかがわれるように、長い年月の間に積もり重なった汚濁を排除して、「純粋の始原」の回復をめざすところの、その意味で、日本における「原理主義」とでも呼ぶうるような志向をともなっていたのである。」p.47 
坂本多加雄『明治国家の建設 1871~1890』〈日本の近代 2〉、中央公論社1999年

「しかし、モダニティの通説は、確実性の探求と、形式論理に対する尊敬を合理性と同一視することに基礎を置いていたばかりではなく、近代的・合理的な問題対処の方法は、伝統から受け継いだ混乱を一掃し、過去を清算し、そして最初からやり直すことである、という合理主義者の信念をも踏襲していたのである。」p.285
スティーヴン・トゥールミン『近代とは何か―その隠されたアジェンダ―』法政大学出版局(2001年)、叢書ウニベルシタス 731
But the received view of Modernity rested not only on the Quest for Certainty and the equation of Rationality with a respect for formal logic: it also took over the rationalists’ belief that the modern, rational way of dealing with problems is to sweep away the inherited clutter from traditions, clean the state, and start again from scratch.
Stephen Toulmin, COSMOPOLIS: The Hidden Agenda of Modernity, 1990, Chicago UP, p.175

*下記も参照。
「御一新」 その隠されたモダニティ(2)

 

上記二つの弊ブログ記事から推論できることは(系論を含めて)3点あります。

①厳密に同定できなくとも、Cartesian rationalism と朱子学的合理主義には、並行する思考モデルがあること。

①-2 朱子(1130-1200)とRene Descartes(1596-1650)の思想類型に並行的同型性があるならば、中華帝国の南宋王朝(12C-13C)を、西欧の初期近代 Early Modern を比定することに妥当性があること。

②日本の19世紀半ばに起きた「明治維新」は、political spectacle とその担い手の表層意識では、「復古」ではあったが、その実、徳川日本後期に形成されていたある種の(朱子学的)モダニズムが領導理念だったこと。その担い手が、イデオロギー化した、武士中下位層や上層庶民の intellectuals だったこと。

以上、3点です。

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2025年4月 9日 (水)

徳川日本の《自由》/ The “freedom” of Tokugawa Japan

 徳川日本の時代、《公儀》の統治は、原則的にはそれぞれの中間団体の自治にまかせていました。村は村の自治、町は町の自治。武家は、徳川家なら徳川将軍の統治(=自治)、大名家なら大名家の自治。中間団体間でconflict(対立、軋轢)が発生した時に当事者から申し立てがあるときだけ、《公儀》はその案件に介入しました。この統治システムのおかげで、徳川家や大名家の統治あるいは自治は、極少人数の代官システム、スリムな行政機構で、人口3000万人を超える、大規模な国家を二百五十年もガバナンスできていた訳です。

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2024年9月23日 (月)

リア・グリーンフェルド『ナショナリズム入門』2023年11月慶應義塾大学出版会/訳:小坂恵理, 解説:張 彧暋〔書評③〕

今回から内容書評に入ろうと思い、そのための下準備として、原著者のオリジナル概念、「近代政治の二重らせん double-helix of modern politics」、「尊厳資本 dignity capital」などの箇所を再読しました。そこで、訳文に重大な瑕疵と判断されるものと見つけてしまいましたので、申し訳ありませんが、もう一回、その指摘をさせて頂きます。ことはイスラム過激派に関する記述なので、政治的な意図で、歪曲されて流用されないとも限りません。念のため、本ブログの書評の一部として残しておくことに致します。

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2024年5月13日 (月)

書評:関 良基『江戸の憲法構想 日本近代史の〝イフ〟』作品社 2024年3月

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関 良基『江戸の憲法構想 日本近代史の〝イフ〟』作品社 2024年3月

本書は、関 良基氏の手になる、「明治維新」を再考する三作目の著書です。
1)『赤松小三郎ともう一つの明治維新 ―テロに葬られた立憲主義の夢』2016年12月
2)『日本を開国させた男、松平忠固 ―近代日本の礎を築いた老中』2020年7月
これで、関 良基氏の「幕末維新」三部作(すべて作品社刊行)が世に問われたと言ってもよいでしょう。

本書を論ずる枕には、一つの推薦文を置くことが適切であろうと思います。江戸文学/比較文化研究者である田中優子氏(前法政大学総長)のものです。

「日本を、江戸時代からやり直したくなる。いや、やり直さなければならない。
強くそう思わせる、驚くべき著書だ。現代日本を見ていて「何かおかしい」と感じ続けている。近代と戦後日本は、もっと別の可能性があったはずだ。なぜ日本の近代は天皇制となり、その結果、あのような戦争に突入して行ったのか?戦後になったというのに、なぜ藩閥政治のような考え方が今でも世襲的に繰り返されているのだろう?
なぜマルクス主義者たちは国粋主義者と一緒になって江戸時代を否定したがるのか?
これらは明治維新のもたらしたものではないのか? 本書は、それらの謎を解く、新たな入り口を開けてくれた。発想の転換だけではなく、価値観の転換を迫られる。」


1.【本書目次】

はじめに――“江戸の憲法構想”と“もう一つの近代日本”を求めて
第Ⅰ部 徳川の近代国家構想――もう一つの日本近代史の可能性
 第1章 よみがえる徳川近代史観――尾佐竹猛と大久保利謙
 第2章 慶応年間の憲法構想――ジョセフ・ヒコ、赤松小三郎、津田真道、松平乗謨、 西周、山本覚馬
 第3章 サトウとグラバーが王政復古をもたらした

第Ⅱ部 徹底批判〈明治維新〉史観――バタフライ史観で読み解く
 第4章 〈皇国史観〉〈講座派史観〉〈司馬史観〉の愛憎劇
 第5章 唯物史観からバタフライ史観へ
 第6章 丸山眞男は右派史観復活の後押しをした
 終章 福沢諭吉から渋沢栄一へ

あとがき 〝近代日本の記憶のあり方〟と〝未来の歴史〟を変えるために
注/人名索引


2.【紹介】
本書の一貫した主題は、あり得たはずの“もう一つの近代史”の説得的提示です。

第1部では、既に〝江戸時代〟には、近代主権国家の必須要件である「憲法」が、自生的かつ幾つも構想されていた事実、およびその「証拠」を列挙します。

まず、戦前においても、日本のもう一つの〝近代〟の可能性を論じた二人の史家、尾佐竹猛と大久保利謙を取り上げ、それに導かれる形で、より詳細かつ具体的に、6名の憲法構想者とその憲法案を取り上げて比較検討します。

第Ⅱ部では、「証拠」があるにもかかわらず、明治以降の歴史学が、それらの歴史的証拠(evidence)をなぜ軽視したり、無視できたのか、その理由を考察します。

具体的に俎上に上るのは、戦前の文部省編『維新史』、司馬遼太郎、井上清、遠山茂樹、丸山眞男、等の議論です。それらの比較検討の結果、〈皇国史観〉〈講座派史観〉〈司馬史観〉および丸山眞男の維新史観、これらの評価軸がみな共通して、長州/薩摩連合による「武力倒幕」を肯定しており、その意味で、これらは、本質的に共通性がある、としています。私流に言い換えれば、〈同じ穴の狢ムジナ〉となりましょうか。

そして、Ⅰ部とⅡ部の接続部、つまり、第Ⅰ部のおわりに、第3章「サトウとグラバーが王政復古をもたらした」を挟みます。これによって、「江戸」から「明治」にかけて、歴史が「進歩」ではなく「退歩」してしまった歴史の”捻じれ”、の実例とします。著者関
良基氏はこれを、

「覇権国の軍事支援があれば、前近代は近代に勝利し得る。明治維新とはそういうことなのだ。」第4章「〈皇国史観〉〈講座派史観〉〈司馬史観〉の愛憎劇」、本書、p.149

と簡潔に(冷徹に?)表現しています。著者にこのような歴史観の洞察を可能にしたものが、第5章で論じられる複雑系科学に基づく「バタフライ史観」です。

本書で展開されてきた議論を総括するのが、終章「福沢諭吉から渋沢栄一へ」です。著者は、これまでの歴史学において、何故、渋沢栄一が過小評価され、福沢諭吉が過大評価されてきたのか、その由来を尋ねます。

ダウンロード - 福沢諭吉vs.渋沢栄一

上記の比較考察から、著者はこう述べています。

「渋沢は、数多くの会社経営のかたわらで、・・・、(孤児院、日本赤十字社など)、多くの社会福祉事業に関与し続けた。 丸山眞男は、自己責任論を主張した福沢の方が、弱者救済を主張する渋沢よりも近代的だと考えるのであろうか?」本書p.223

「江戸の寺子屋教育の申し子と言ってよい渋沢が、製造業・金融業・運送業・食品業と多方面にわたってベンチャー企業の創業活動を行なって、日本資本主義の父となった。渋沢の存在そのものが、江戸の寺子屋の人材育成に優れた面があったことを示す好例であろう。」本書p.225

そして、下記の一文でもって、終章を結びます。

「渋沢栄一が新一万円札の肖像になるのを契機として、私たちは江戸文明が内発的に生み出すはずであった〝もう一つの近代日本〟の姿を再検討し、それを再興する形で未来社会を構想すべきではないだろうか。」本書、p.227

3.【評価①】
本書は、著者の前二著とくらべて、際立って優れた工夫があります。それは、第1章から第6章まで全てに、「はじめに」および「おわりに」が設けられていることです。

「はじめに」は、その章で解明したいテーマを、「問い」として掲げています。「おわりに」は、先ほどの「問い」に応じ、その章の議論で明らかにされた著者の「答え」を簡潔に提示しています。

これは、日本のアカデミック、かつ非自然科学分野では、珍しい(初の?)論述の構成ではないでしょうか。とりわけ、歴史学関連では珍しく、かつ読者の理解を助ける優れた論述スタイルだと思われます。こういう地味ですが、優れた試みが広がると良いのですが。

前著(松平忠固論)から継続して、本書全体の内容構成のバランスが良いです。第3章を中間に挟んで前後半がほぼ均等におかれています。これも、見やすい後注、人名索引とともに、読者の理解を支援する工夫で、本書全体に著者の神経が行き届いている証拠だと思います。今回、前二作のハードカバーから、軽装版のぺーバーカバーになりました。コストの面もあるでしょうが、持ち運びの点から、個人的は好印象です。軽装版の学術書が増えることは大歓迎でなので。

4.【評価②】

本書には前二作と比較して、少し異色な点が二つあります。「憲法」を前面に押し出したことと、複雑系科学由来の歴史理論「バタフライ史観」を挿入した点です。

著者は、「あとがき」にて本書執筆の動機として、既存の《史観》の検証の必要性を語っています。従いまして、先の二点はそのための基礎作業と言えます。

ただ、著者の前二著を熱烈に支持した読者たちは、「歴史」そのものへの関心、あるいは新しいリアルな「幕末維新史」の切り口を待望していたでしょうから、過去の二著に較べると本書が若干理論的になり話題性はその分下がるかも知れません。

その点を考慮すると、本書での衝撃度の高さから言えば、第3章「サトウとグラバーが王政復古をもたらした」が、衝撃度、話題性がともに高く、次に終章「福沢諭吉から渋沢栄一へ」が、説得性が最も高い、を言えそうです。

一人でも多くの読者に本書(を含めた三部作)が届いて欲しいと念ずる批評子からしますと、本書の内容・論述は充実しているので、本書のタイトルと内容の構成を、この二つの章をもう少しアピールするようにできていれば、より訴求力が高まり、読者の範囲をさらに広げることができるのではないか、という望蜀の感無きにしも非ず、というのが正直なところです。

5.【議論①】

前項でも指摘しましたが、本書第3章「サトウとグラバーが王政復古をもたらした」は、ここまで明確に特定して記述できるとは思いませんでした。もちろん、列挙されたのは状況証拠ではありますが、これだけ揃えば、直接証拠でなくとも、十分説得性があると思います。過去の史家たちの議論では、読者に推測させるか、匂わす程度でしかありませんでしたし、思い切って論断する威勢の良い議論は、大抵は憶測の域を出ていませんでした。

今回、ここまで言い切れたのは、著者が赤松小三郎という、オモテの「幕末維新史」から消されていた、重大な思想家、かつ非常に重要な軍事技術者、すなわちミッシング・リンクの再発見/再評価をなしたことが大きな力となっていると思います。とりわけ、島津家の軍事指導者西郷吉之介の心変わりを軍事技術者赤松小三郎の動向と結びつけられたことで、全ての点が線に結びついたのであろう、と考えられます。赤松が線上に登場したことで、アーネスト・サトウとのリンケージも結べたのは驚きました。多分、これが歴史の真実(の重要な一部)なのでしょう。

それにしても、名のみしか知らなかったサトウの『英国策論』が、これほど内政干渉の震源だったという事実に無知だったのは、書評子自身、不明の至りで、本当に恥ずかしい限りです。改めて、英国という国家の影の部分(悪辣さ)には、腹の虫がおさまりません。「バルフォア宣言」に淵源する、現在進行形の、パレスチナでの虐殺を思うと余計です。

※サトウ「英国策論」は、『日本近代思想大系1 開国』1991年岩波書店所収

この件に関連して1点だけ。

よく言われることに、幕末期、英国政府は交渉相手として、無能、非合理な「大君政府」を見限り、薩長連合に肩入れした云々といった評言を読んだり、聴いたりします。しかし、昨今の19世紀の「公儀」権力研究、例えば、

眞壁仁『徳川後期の学問と政治―昌平坂学問所儒者と幕末外交変容』2007年名古屋大学出版会(古賀とう庵は学問所の中心儒者)
前田勉「古賀とう庵の海防論―朱子学が担う開明性」『兵学と朱子学・蘭学・国学』2006年平凡社所収
前田勉「女性解放のための朱子学―古賀とう庵の思想2」同上

などによれば、最新の海外情報を入手した開明的な昌平坂学問所儒者たちが「公儀」政治・外交にかなり関与しており、その膝下から弟子たちが、海防担当の有能な官僚として活躍していたことが明らかになっています。

それからしますと、英国政府は、無能・非合理故に「大君政府」から薩長連合に乗り換えたというより、「大君政府」外交部がタフ・ネゴシエーターであったために、より与し易い薩長連合に乗り換えた、とみるほうが合理的なのではないか、と思います。つまり、常識と真逆だったのではないか、ということです。


6.【議論②】
・「バタフライ史観」に関して
何事にも、「日のもとに新しきものなし」と言われます。弊ブログでも、先人の言葉を幾つか引いています。

引用ⅰ 奇妙なことに、意図されずにしかし実際に実現しているような影響と比較して、意図されてはいたが実現されなかったような社会的決断の影響の方が研究を必要としている。というのは、前者は少なくともそこにあるのに対して、意図されたが実現しなかった結果はしばしば過ぎ去るある時点において社会の行為者たちが表明した期待の中だけに見出されるからである。
アルバート・O・ハーシュマン『情念の政治経済学』法政大学出版局(1985) 、p.132

引用ⅱ われわれは初発の出来事を決して繰り返すことはできない。この出来事は自分が何をしているのか分かっていない人々によって行われたのであって、この無自覚性こそが出来事の紛れもない本質であった。
アーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』岩波書店(2000年)、第3章産業社会、p.32

以上も、歴史の複線的可能性を示唆しているとみられます。大きくカテゴライズすれば、みな「複雑系」的な発想法であるでしょう。従いまして、これらの史観を、どう命名するか。もう少し検討の余地があるかなと思います。
※下記弊ブログ記事もご参照頂ければ幸甚です。
引用ⅰは、下記参照。
過去の擬似決定性と未来の選択可能性/ Pseudo-determinism of the past and the possibility of choosing the future: 本に溺れたい
引用ⅱは、下記参照。
歴史における発生と定着、あるいはモデルと模倣: 本に溺れたい

7.【議論③】
・世代について
本書で論じられているように、明治維新を肯定する司馬遼太郎や丸山眞男たちが、そう信じたい動機は、彼らが大正時代に青少年期を過ごしたことと関連するかもしれません。つまり、彼らにとり、大正時代がピークとなり、昭和においてどん底まで突き落とされた訳です。

各時代を、「進歩史観」で序列化するとこうなりますでしょうか。

《大正=近代》 → 《明治=半近代》 → 《明治維新=近代化革命》 → 《江戸時代(徳川日本)=前近代》

しかし、それは大きな勘違いでした。

象徴的なことの一例を示します。

21世紀の現代でも、新聞の投稿欄があり、俳句欄、短歌欄がありますね。戦前から存在し、無論、明治からありました。しかしながら、戦前のある時期に廃止された投稿欄がありました。それは、「漢詩」欄です。昨今では、高校国語でもあまり漢文を選択授業に設定しなくなったかもしれませんが、例の李白や杜甫が作った詩のことです。これは古典語(漢語)による詩作、という極めて高度な創造活動です。分かりやすく言えば、現代ヨーロッパの民衆が、ラテン語で詩作することに匹敵します。この漢詩形式による詩作は徳川日本でピークに達しましたが、明治になってもしばらくは、一般購読者による漢詩の投稿は盛んでした。ところが、明治がすすむにつれて、投稿数が減少し続け、漢詩の投稿欄は大正六(1917)年に消えたのです。
※参照 石川忠久/陳舜臣ほか『「漢詩」の心―自然を謳い人生を詠む』1995年プレジデント社、p.6

つまり、江戸文明(徳川文明)は、大正時代に消失した訳です。最後の徳川将軍、慶喜が没したのは、大正2(1913)年11月22日、享年76歳でした。

※人口学的な世代論については、詳細は下記の弊ブログ記事をご参照下さい。
徳川文明の消尽の後に(改訂版)/After the exhaustion of Tokugawa civilization (revised): 本に溺れたい


最後に、本書の丸山眞男論に触れたかったのですが、弊記事が長くなり過ぎたことと、他論者の丸山眞男論も含めて、別途論じさせて頂くこととします。

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2023年6月11日 (日)

徳川思想史と「心」を巡る幾つかの備忘録(3)/Some Remarks on the History of Tokugawa Thought and the "mind"(kokoro「こころ」)

遍照飛龍 様、弊コメントへの応答をありがとうございます。

「朱子学的紀律化の「市井的普及版」が、通俗道徳であった」
「この朱子学的紀律化の猛毒が『自己責任論による社会の荒廃と修羅化』の大きな原因」

 上記の2点、重要なご指摘だと思います。この列島の19世紀は、百年間をかけた《朱子学的紀律化》の亢進だったのではないでしょうか。

 テキスト化され、印刷物として、《朱子学》の一連の教育カリキュラムとして整備されたテキスト類は、武士中下位層にとっては自己と他者の統治(governance)のtextbookでしたし、庶民上層にとっては、自己陶冶(あるいはself-governanace)の指南書でした。庶民下層には、それらをより砕き、漢字かな交じり文にした、「実語教/童子教」や、商売などの実業的知識と識字教育を兼ねた、手習いの教科書の「往来物」等が爆発的に普及しました。しかし、一方で、庶民層の「こころ」の拠り所は、檀家制度を通じての「仏の教え」でしたから、《朱子学的紀律化》は、せいぜい、庶民上層の向学心/向上心/出世欲を刺激したに留まりました。儒家倫理と仏教倫理はそれぞれ現世志向と来世志向で、真逆でしたから、中下武士層が庶民相手に崇高な「国家に奉仕するための‘勤勉’倫理」を説いても通じません。この「‘こころ’の堤防orダム」が決壊したのは、維新期における《神仏分離/廃仏毀釈》という《文化大革命》の‘おかげ様’です。

 一方、中下位層武家の後身である士族層や上層庶民は、明治期において西欧文物を継受/翻案する知識人層を形成しました。そして、彼らの知的基盤は儒家思想(朱子学〔旧教〕/陽明学〔プロテスタンティズム〕)でしたので、西欧語の翻案/翻訳は、朱子学上の漢語が転用され、とりわけ幕末/維新期知識人には、西洋「哲学」は理解が容易な「倫理学」、キリスト教は「倫理」として受容されました。また、それは幕末/維新期知識人における儒家漢語(朱子学/陽明学ターミノロジー)で置き換えられました。例えば、現代日本でも使用される「良心」が「conscience(en)」「Gewissen(de)」の、《孟子》告子章上の〈良心〉から翻案されたものである、という指摘や、カントの倫理学を陽明学の「良知」から説くことが行われていた、という指摘があります。

 この19世紀の列島における庶民心性の《心変わり》が、近代日本人の《野蛮化》や1945年の列島の灰燼化という歴史的帰結と、無関係とは私には思えません。

参照 徳川思想史と「心」を巡る幾つかの備忘録: 本に溺れたい
参照 徳川思想史と「心」を巡る幾つかの備忘録(補遺): 本に溺れたい

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2021年5月18日 (火)

日本の教育システムの硬直性は「儒教」文化に起因するか?

 これは、日本の知的世界全般にある「誤解」あるいは「認識論的障害」ではないか、と思います。

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2021年3月14日 (日)

藤井哲博『咸臨丸航海長小野友五郎の生涯』1985年中公新書〔承前〕

 本書のamazonレビューを書きました。弊ブログの元記事の簡略版ですが、念のため、弊ブログの別記事として残しておくことに致します。

「勝鱗太郎/福澤諭吉、とは何者か」

 本書が信頼に値するものであれば、勝鱗太郎とは「a great history-monger(歴史の捏造者)」であり、福澤諭吉は「Embezzler in the course of official duties(公務中の業務上横領者」に過ぎません。
 私は、本著者の知的誠実性をどうしても疑うことができません。そして、本書が刊行されてから早、40年近く過ぎようとしています。この間、勝鱗太郎研究者や福澤諭吉研究者、またそれぞれの信奉者たちから、実証的で、徹底した反駁が出ている様子がなさそうです。これでは残念ながら、その方々も本書の言い分を認めたことになってしまいます。このレビューを読まれてギョッとされた方(or 怒髪天を衝く方)は、下記の当該頁をお読みください。賛否いずれにせよ、読まれること(願わくば復刊されること)を衷心から願います。
「勝海舟の虚像と実像」〔本書、pp.186-192〕
「お荷物随員・福沢諭吉」〔本書、pp.117-120〕

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2021年2月16日 (火)

幕末維新期における“文化大革命”/ The "Cultural Revolution" at the end of Tokugawa Japan

 以下は、

  安丸良夫『神々の明治維新 -神仏分離と廃仏毀釈- 』1979年岩波新書
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への 書評記事〔2008年6月17日 (火)投稿〕を、若干改訂したものです。今さらに何故、新記事としたのかと申しますと、重要な事実を新たに付加したためです。以前の書評記事を既読の方も、お目汚しに笑覧頂ければ幸甚です。

 著者の安丸良夫氏は令名の高い思想史家です。特に、近世から近代にかけて、西暦で言えば、1800年代の日本についての考察で、ベーシックな業績を幾つも出しています。

 本書は、いわゆる「廃仏毀釈」として高校日本史で教えられてきたものが、文明開化における単なるエピソードではなく、日本人の心性に甚大な痕跡を残したものであることを、史実に沿って叙述したものです。「廃仏毀釈」についてその全体像をコンパクトにまとめたものは、本書が初めてだったように思いますし、現在でもおそらく新書サイズでは稀有ではないでしょうか。その意味では、「その時、いったい何がおきていたのか」を知るには、とりあえず、本書で十分です。また、明治維新、すなわち近代日本を再考するための必読書の一冊です。

 本書で最も意外で印象的なのは、維新期の三十年前、諸藩における天保改革のプログラムの一環として寺院整理、淫祀破却が既に実施されていたことです。取り上げられた事例は、徳川斉昭らによる水戸徳川家と村田清風を中心とした長州毛利家です。この他、幕末期に、薩摩島津家、石見亀井家(津和野)でもありました。付言すれば、本書記載外ですが、17世紀の「副将軍」保科正之も、それらの二百年前に、陸奥国会津領において寺院整理、淫祀破却を行っています。こういった先行事例の共通点は何でしょうか。領導したイデオロギーが「儒家神道」だったと言うことです。また、儒家たちによる仏教、淫祀邪教にたいする猛烈な攻撃は、この列島だけではありません。中華帝国、北宋末期の徽宗による祠廟政策も酷似しています。
※参照 溝口・池田・小島『中国思想史』東京大学出版会(2007年)(2): 本に溺れたい
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 読了後、「日本人の精神史に根本的といってよいほどの大転換がうまれた」(本書pp.1-2)のは、うすうす了解できたのですが、著者が問題設定をしている、いったい「日本人の精神史的伝統の全体にどのような転換が生じた」(p.1)のかは、本書中に明確な記述が私には見出せませんでした。率直に言って、この深刻な問いへの応答は、詳細な史実の嵐の中で、見失われてしまった感が否めません。幕末維新期における“文化大革命”=「神仏分離/廃仏毀釈」、という奇怪な歴史のジグソー・パズルは、その最後のピースを、読み手自身が置かざるを得ないと思われます。またそのピースの少なくとも一つには、徳川日本における「儒家神道」(あるいは"朱子学"としての儒家)のあり様というものが含まれていなければならないでしょう。

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2020年10月18日 (日)

橋爪大三郎氏の書評『日本を開国させた男、松平忠固』(毎日新聞/今週の本棚)

 先に、弊ブログで書評記事を掲載しました、関 良基『日本を開国させた男、松平忠固: 近代日本の礎を築いた老中』作品社 2020年07月15日刊に、橋爪大三郎氏が書評を寄せられました。

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2020年10月 6日 (火)

幕末維新テロリズムの祖型としての徂徠学(2)/ Ogyu Sorai as the prototype of the Meiji Restoration terrorism

(1)から (3)

 「斬奸状」というものがあります。狂気にかられた暗殺者たちが、己の殺人行為の正当性を世間に主張するため、被害者がいかに「悪者」であるかを縷々書き記した文書です。これに関して、非常に面白い文献があります。下記です。

栗原隆一『斬奸状』昭和50年11月學藝書林刊
 全部で約二百件の「斬奸状」が翻刻されたうえで、本書に収録されています。ちなみに、(1)で参照を求めました、関良基「江戸末期の暗殺と明治の弾圧の言説分析」(2019)論文は、この本の収録文書が分析の対象とされています。

 本書の解説pp.383-4に、著者栗原隆一氏が個人的に収集された斬奸状の数値データが記載されていて、強く興味がひかれます。そこには数値データのみ掲載されていましたので、このデータをグラフ化しておきました。下記です(マウスポインタを当てて頂ければ、別ウィンドーが開き、大きく鮮明な折れ線グラフが読めます)。

◆「斬奸状」に見るテロリズムの盛衰

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 このグラフからすぐに読み取れることは、大小二つのピークです。最大のピークは文久3年(1863)76件、二つめのピークは明治元年(慶応4年、1868)23件です。文久2年(1862)19件で、その前年文久元年(1861)2件、明治2年(1869)2件ですから、文久2年(1862)と明治元年(1868)に挟まれた7年間(182件)は、大河ドラマや歴史小説では、血沸き心躍る、「自由」で「颯爽」とした英雄たちが活躍する時代ですが、その実態は、京都、江戸という大都会では、平均して半月に一度はテロという政治的殺人が横行する殺伐とした時代だった訳です。確かに、維新の英傑たちは同時に政敵を冷酷に殺してまわるテロリストでもありました。そんな馬鹿なとお考えの方は、関良基氏の一連の近著*を読まれることを強く勧めます。英傑、偉人と言われた人物、のちの明治顕官たちがこの頃どのような所業をしていたかが、日記、伝記から詳らかにされています。

*関良基『赤松小三郎ともう一つの明治維新』2016作品社、同著「江戸末期の暗殺と明治の弾圧の言説分析」2019、関良基『日本を開国させた男、松平忠固』2020作品社

 ここまでで「幕末維新」が流血と暴力が日常の、アナーキーな時代だったことは、ある程度推測できたと思います。問題は、このテロリズムが徳川中期の荻生徂徠の思想とどう繋がるか、です。

◆荻生徂徠は《儒家》ではない

 荻生徂徠は徳川日本における最も独創的な儒学思想家(中国語では儒家)と常識的には見なされています。そうであるかどうかは、《儒家》の内容、定義によります。

 儒家の基本は、「修身、斉家、治国、平天下」(礼記-大学篇)です。必ず個人から出発して社会に至ります。社会/国家が統治されるためには、まず個人が倫理的、道徳的に正しい行いをすることが全ての出発点となります。ミクロ(個人)から出発してマクロ(社会)議論を構成します。

 一方、徂徠はいきなり「国家・社会」から出発します。そして個人は国家社会の君主の操作対象に過ぎません。徂徠の志向はいつでも「国家・社会」をどのように統御(control)するか、にあります。儒家は基本的に個人(就中、君主、あるいは統治者身分)の行動を問題とする《倫理学》であり、徂徠の学は国家社会を上手に制御するための《社会工学 social engineering》ですから、個人(被支配身分、あるいは庶民)に道徳/倫理を問う必要はありません。徂徠の terminology は儒家テキストがメインですが、彼の 方法論 はむしろ、荀子、韓非子のような法家にあり、彼の sympathy も実はそっちよりにあります。

 ということで、荻生徂徠はその mentality も方法論も、実は儒家と正反対のところにあり、「社会科学」的、「社会工学」的であり、その意味で革新的ですが、個人に道徳や倫理を要求しないという意味で、非-道徳的であり、徹底して非-儒家的な思想、方法論的な学者/思想家としか言いようがありません。丸山真男は徂徠における政治と道徳の分離を「近代性」や「科学性」のメルクマールとしましたが、それは一方で、非-儒家性のメルクマールでもあったことになるでしょう。議論が途中になりますが、非-儒家としての荻生徂徠については(3)に続くことにします。

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