Peak oil

2025年10月 5日 (日)

Automobiles Waste 60% of Gasoline Power into the Atmosphere (June 2019)

This month, an intriguing piece of industrial news was reported:

Honda aims for world-leading engine efficiency of 47%, target for the 2020s | Nikkei xTECH

The article states:

“In 2018, Honda achieved a maximum thermal efficiency of 40.6% with the 2.0L gasoline engine used in the Accord Hybrid. Looking ahead, the company is developing toward a goal of achieving both a maximum thermal efficiency of 45% and a specific output of 80 kW/L.”

If that is the case, then the cars currently running on the road, even the best-performing gasoline engines, reach a maximum thermal efficiency of 40.6%, while other vehicles run with lower efficiency. Of course, it is impossible that only the latest models are on the road. Therefore, automobiles in operation all over the world are, on average, wasting more than 60% of the heat energy from combusted gasoline into the atmosphere.

This is not a leisurely debate about CO₂ as a greenhouse gas. If global warming is indeed a reality, then this fact raises suspicions that the main culprit is none other than the internal combustion engines powered by petroleum fuels. After all, when one liter (1000 cc) of gasoline is burned, automobiles discharge the heat equivalent of about 600 cc straight into the atmosphere while running.

Why has such wasteful practice been economically viable? Simply because crude oil was too cheap.

The technology of the internal combustion engine was established at the end of the 19th century and made human life dramatically richer. In the past, only kings, nobles, or the upper strata of society could own a carriage with a canopy. Yet the internal combustion engine gave even the working class access to automobiles with hundreds of times that power. The Model T Ford appeared in 1908. In the 1920s—the so-called Roaring Twenties—New York City witnessed a competition to construct skyscrapers hundreds of meters tall, monuments that could be called the pyramids of the 20th century. Around the same interwar period, airplanes—originally military high-tech—began to be converted into passenger planes. All this was made possible by the easy and cheap oil that could be consumed like water, fueling internal combustion engines. After all, before the Oil Shock of 1973, crude oil cost only 2–3 dollars per barrel.

In the 21st century, the era after Peak Oil, it has become clear that this was nothing more than a fleeting dream. What is now required of us is to clean up after the feast, for the sake of our children who will have no choice but to live in the world after Peak Oil, and then to quietly enter our coffins in peace.

As it stands, the highest priority task is dealing with nuclear waste—the legacy of nuclear power propped up by cheap oil.

※See,
原発、トイレのないマンション( Nuclear power generation is a condominium without a toilet.): 本に溺れたい

There are two reasons. First, it is impossible to handle the disposal of nuclear waste solely with the electricity generated by nuclear power plants themselves. High-level radioactive waste (in the form of vitrified glass) must be sealed inside specially manufactured stainless steel canisters, each with a diameter of 40 cm, a height of 130 cm, and a total weight of 500 kg. On top of that, transporting the stockpiled volume of nuclear waste already accumulated in Japan—equivalent to the length of the JR Yamanote Line—all the way to salt mines in Finland on the other side of the globe would be virtually impossible using only the electricity generated by nuclear power plants. Second, nuclear power plants (each unit) are built using resources and energy ultimately derived directly or indirectly from petroleum, but the electricity generated by one nuclear power plant is, in principle, insufficient to construct another plant of the same scale.

Humanity today faces the pressing question of responsibility toward its descendants.

※This article is an English translation of the following article.
自動車は、ガソリンのパワーの60%を大気中へ捨てている: 本に溺れたい

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2025年1月16日 (木)

世界人口の推移(19世紀以降)/ Trends in the world population (since the 19th century)

Worldpopulation180021001_20250116135801
上図は、File:World-Population-1800-2100.png - Wikimedia Commons 様から拝借しました。弊ブログの background color が紫のためとても視認しにくいので、マウスポインタを重ねてクリックしてください。明るく鮮明で大きなグラフが出てきます。それを見ながら弊記事を読んで頂けますと助かります。
 このデータから明らかに読み取れることは、下記の3点です。

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2024年11月10日 (日)

「産業革命」の起源(2)/ The origins of the ‘Industrial Revolution’(2)

塩沢先生
コメントと興味深い記事のご紹介ありがとうございます。

見はるかすかぎり、風車が林立している農村、などというのは、壮観かつ何か心躍るものがありますね。

※参照 ´Fryslan boppe´. An in-depth inspirational analysis of work rewarded with the 2024 Riksbank prize in economic sciences. | Real-World Economics Review Blog

ご紹介の記事の著者のいうように、'to mechanize production processes' を「産業革命」の核心とするならば、この史実は「産業革命」と言うに値します。

しかし、人力、畜力、自然力(風車、水車、帆船)では、動力源としての出力に限界があります。やはり、1765年のJ.Wattによる蒸気機関の飛躍的改良、1883年のG.Daimlerの4サイクルガソリンエンジンの実用化、この二つの、自然力の限界の突破する動力系技術の画期が、水晶宮(1851年)やエンパイヤステートビル(1931年)を人類が創り出せた核心だと思います。

一方で、大陸低地地方での史実は、人類の一つの未来像を提示しているかも知れません。エコロジストや自然エネルギー論者にも心強い具体的事例になる可能性はあります。私も、環境問題の根本的解決は、人口減少とそれに見合う規模の産業活動だろうと思っています。

徳川日本での産業活動を考えた場合、西欧における「産業革命」との突出した違いは、動力系技術の有無です。多分、徳川日本にも似たような機械的機構を作る知識と技術はあったと思います。

和算はある面では高度に発達しましたが、エンジニアリングには連結せず「無用の用」として明治を迎えました。

お茶をお客様に出す、からくり人形は、かなり精巧なオートマタです。この人形の歯車の歯の数は全て素数、という事実を下記のサイトから知りました。

素数を知っていた日本人 | texas-no-kumagusuのブログ

そのため、その人形の動作のルーチンが最大の周期になるように設計されている事になります。つまり、客が見ている間は同じ動作をしないので、まるで生きているように見えるという寸法です。

徳川日本の園芸家たちは、メンデルの法則を利用して、変化朝顔の新種を生み出すのに血眼でした。
恐らく、大型建築/土木技術にも、今まで気づかれてこなかった、数理科学的知識が応用されている事例があるでしょう。

徳川日本には、数理科学系の高度な知識も、精密なエンジニアリングもありましたが、それらは全て「遊び」でした。それも、貴族の「遊び」ではなく、庶民の「遊び」として。

※参照 芸に遊ぶ/ It is one sign of human maturity to enjoy things that are useless: 本に溺れたい

それにしても、なぜ、それを大量生産とか、動力化機械の方へ向けなかったのか。私にも現在時点で、仮説さえもありません。

しかし、それだから、近代西欧に「大日本国」は後れを取った、とは私はあまり思いません。それは、西欧人の合理性志向があまりにも偏ってきたからです。つまり「合理性への逸脱 Deviation into sense」という側面がかなりあったのではないか、と疑ってみる必要があると考えるからです。

地球の現在の耕地面積の人口扶養力が80億人なのに、現在の地球人口は80億人に達しています。この事実は、近い将来、資源の奪い合いが起こることがかなり確実だということを示すでしょう。日本列島の人口は今がほぼピークで、2100年には4000万人台になる見通しさえありますので、日本人は人口減少が庶民の幸福に生かされるような社会の仕組みを構築することで人類に良いモデルを提供できると思います。

そのとき、徳川日本という、基礎資源の輸出入をせず、庶民は豊かになる(物的生産性があがり余暇ができると)とそれを知的遊びに蕩尽した、人口規模3500万人の国家の歴史的経験を日本人は生かせるのではないでしょうか。

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2022年10月27日 (木)

Promoting Nuclear Power to Deepen the Energy Crisis /エネルギー危機を深める原発推進

 Shallow minded politicians and bureaucrats are once again trying to promote the construction of new nuclear power plants under the guise of power shortage/energy crisis. Why they love nuclear power so much is beyond me. The nuclear waste produced by nuclear power plants is already dispersed and accumulated in many places in Japan, as much as one round of the JR Yamanote line. In the short term, the promotion of nuclear power plants is a money-grubbing scheme, and in the medium to long term, it will only deepen the energy crisis of the human race.

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2022年10月15日 (土)

エネルギー危機を深める原発推進/ Promoting Nuclear Power to Deepen the Energy Crisis

 浅慮の政治家、官僚たちがまたぞろ、電力不足/エネルギー危機にかこつけて、原子力発電所新設を推進しようとしています。なんでそんなに原発が大好きなのか、私には理解できません。すでに原発が出す核のゴミが、JR山手線の一周分、日本中のあちこちに分散して溜まっているというのに、です。原発推進は、短期的にはカネ喰い虫であり、中長期的には、むしろ、人類のエネルギー危機を深める一方です。

 なぜなら原発は、エネルギー収支的にマイナスだからです。その理屈は、原発の生み出すエネルギー(電力)で、新しい原発、一機分の建設を賄い、エネルギー余剰があるか想像してみればわかります。原発を一機新設し、運転/保守し、老朽化、廃棄処分するまでに必要なエネルギーをすべて、その原発で賄い、その上で余剰が残るでしょうか。

 原発が生み出せるのは電力だけです。新規建設に必要なもろもろの建設資材資源(金属資源/コンクリ用資源等)の採掘、その日本の積み下ろし港までの船舶輸送のマイレージ、陸揚げ後の陸上輸送のマイレージの負荷、建設時のパワーショベル等の建設機器の運転必要エネルギー、これらは現状では電力ではほとんど賄えず、石油系資源(ガソリン、軽油等)の投入によって可能となっています。

 また、運転を始めたら始めたで、燃料は、南アなどでのウランの採掘から、北米かフランスでの濃縮、パウダー化、その輸送、等にかかるエネルギーはほとんどすべて、石油によって駆動されています。これらは、石油が液体でかつ質量当たりのカロリーが高い、そしてなにより「自噴」するような、cheap & easy なエネルギー資源だから可能となっています。原発は、cheap & easy oilによって上げ底され、支えられている、「原子力湯沸かし器」であり、発動力系技術としては旧式テクノロジーといっても過言ではありません。

 少し古いデータですが、東京電力(株)福島第二原子力発電所の、昭和50年代に着工して昭和60年代に運転を開始した、4機の原発の平均建設工事費は、1機あたり3100億円でした。これは新規建設費だけで、稼働中の保守・点検時の停止期間時の非稼働によるコスト、最終的な廃炉廃棄処分コスト、事故をカバーするための損害保険料などは、一円も算入されていません。無論、核のゴミの処理費用もはいっていません。

 目先の電力不足に浮足立って、建設して運転すればこれから数十年間、カネ喰い虫で、むしろ貴重な石油を浪費してしまうようなテクノロジーにすがる、というのは合理的なのでしょうか。私はそのエネルギー収支的合理性、経済的合理性をかなり疑っています。そしてなによりも、既に積み上がっている核のゴミをどうするのかが解決を待たれている最優先事項であり、その点にこそ全国民的議論が必要です。

※参照
1)原発はなぜ儲かるか?(20190321リンク更新): 本に溺れたい
2)原発、トイレのないマンション( Nuclear power generation is a condominium without a toilet.): 本に溺れたい

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2022年1月10日 (月)

飯田哲也「複合危機とエネルギーの未来」岩波書店『世界』No.952(2022年1月号)

飯田哲也「複合危機とエネルギーの未来」岩波書店『世界』No.952(2022年1月号)

 参加しているMLから資料をご教示頂きました。標題がそれです。文中、気候危機への対応をめぐって、二つの極論がある、とされています。「エコモダニスト」と「脱成長論」の二つです。

 

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2022年1月 3日 (月)

「自給」と「自然エネルギー」を考える/ Thinking about "self-sufficiency" and "natural energy"

 石油涸渇後を想定して、「自給」と「自然エネルギー」を考えてみます。

1)あらためて「自給」を考える

 マイレージ mileage(フード、素材資源、エネルギー資源)において日本の浪費癖が国際的に悪名高いことは隠れも無き事実です。従いまして、私は自給国家であった徳川日本からの教訓を現代に生かしたいと思っています。ただ、そのためには、国家のサイズを一考する必要があると思います。国家規模の第一指標はやはり人口規模でしょう。

 徳川日本末期(19世紀半ば)の人口が約3300万人です。現在、約1億2700万人ですから、当時の約4倍です。この増えた分は、湯水のように消費できた cheap oil と石油テクノロジー、およびそれを前提とした「自由」貿易のお蔭様です。現代の首都圏(一都六県)でさえ約4000万人を擁しています。となると、この列島社会にうまく人口分散(bio-regionalizationを含む)できたとして、穀物とエネルギーの輸入なしでは、目の子算で5~6千万人くらいが Max かな、というのが私の印象です。

 そうなると、日本列島社会だけでなく、世界規模の人口減少が大前提でしょう。幸か不幸か、日本列島の将来人口推計では、ほっといても22世紀を迎える頃は、いい感じに人口規模が縮小しそうです。だとすれば、そのダイエットしたボディに見合う服(資源循環システム)を自転車操業しながら構想し(これが本当の「ノイラートの船」笑)、できればそこへどうソフトランディングするか、ということになるのではないでしょうか。今年はそこへ辿る(未来から振り返れば)第一歩にもなるかもしれない、と思います。

2)自然エネルギー可能性を考える

 21世紀の現代、化石資源の採掘場所は「Low Hanging Fruits」で、ドンドン劣化しています。かつてのEPR100の中東の超巨大油田は老朽化し、新しい油田のEPRは劣化する一方ですから、それを平均すると現在の世界石油生産のEPRは10余り(下記:田村著p.67)となります。そのレベルで比べれば、自然エネルギーEPRは化石燃料に対して相対的に有利にはなるでしょう。目安として、以下にEPRの一覧を掲げておきます。

エネルギー収支比(EPR:Energy Profit Ratio)=出力エネルギー/入力エネルギー
〔例えば、1calのエネルギーを投入して、?calのエネルギーを出力すること〕

化石資源系
石炭 80
石油・ガス(1930'陸上/自噴) 93
石油・ガス(1970's,陸上or海底) 30
石油・ガス(1980~,海底/動力) 8
シェールオイル・ガス 2-3
タールサンド 2-3

自然エネルギー系
水力発電 98
風力発電 17
地熱発電 7
原子力発電 5
太陽光発電 4-3
バイオ燃料 1
〔出典:Tullett Prebon Group Ltd.,"Perfect Storm",2013年/1月号、
田村八洲男『石油文明はなぜ終るか』2014年東洋出版より孫引き〕

 しかし、「発電」とあるように、当面自然エネルギーを利用して産出できるものは「電力」のみです。小型水力発電所を作る。風力発電プラントを設置する。例えば、コンクリートの構築物を作るセメント原料である、「石灰石」・「ねん土」・「けい石」・「酸化鉄原料」・「せっこう」の、採掘・搬出・輸送(マイレージ)といった製造流通過程の動力エネルギーをすべて「電力」で賄うことは現状不可能です。電気自動車は蓄電池(スマホの心臓部)にレアメタルを必須とする事からして、希少資源の迂回投入で無駄であり、世界中でそれを使えば資源涸渇するに決まってます。動力、とりわけ輸送動力源における液体燃料(ガソリン等)の、他の燃料に対する有利さは埋めようがありません。電動飛行機は話題になっていますが、電動コンテナ船はおそらく難しいでしょう。それなら帆船技術復活のほうが現実的でむしろかなり有望です。

 石油は素晴らしい素材原料として懸絶しています。いま、薬品類の包装、保管容器は悉く石油化学製品です。これに代替できるのは、ガラス容器、紙包装で、昔はそれしかありませんでした。調剤薬局で処方してもらう錠剤は、アルミ製品とプラスチックで包装されています。これほど簡易、便利で清潔な包装材は多分他に求めることは不可能です。豚肉のトレーを竹の皮と新聞紙(?)に置換することや、豆腐を買いに金盥(たらい)を持っていくことは、私のような昭和世代にはギリギリ可能でしょうが。自動車はいま世界で十億台稼働していますが、そのタイヤは石油製品で、それを全部天然ゴムにすべて履き替えるは不可能でしょう。石炭化学製品が最も有望ですが、それでも燃料資源との競合もありますし、埋蔵量的にも100年は持ちません。

 こうして、石油が希少化、枯渇すれば、それに連動して、医療、衛生レベルも下がる可能性が大きいので、全世界的に高齢化に急激なブレーキがかかり、人類の平均寿命も短縮する可能性大です。将来人口推計はその点は全く視野に入っていませんかから、日本だけでなく、世界的に「人生60年」時代に逆戻りして、世界人口もどこかの時点で急降下することもあり得ます。

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2021年12月31日 (金)

2022年はインフレ元年:コストインフレの半世紀へ/ 2022: The First Year of Inflation: Toward a Half Century of Cost Inflation

 2022年は、ドネラ・メドウズ(Donella H. Meadows)を主査としてローマ・クラブ・レボート『成長の限界 The Limits to Growth 』が1972年に発表されてからちょうど50周年です。50年後の眼から見ても、驚くべきことにこの報告内容はほぼ正確だった、と言えるようです。下記はその内容を象徴する有名なシミュレーションモデル図です。
〔出典は、電力自由化Q&A :「電気を選ぶ」ってどういうこと? | 電力・ガス比較サイト エネチェンジ

Limit-of-growth-graph

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2021年7月 1日 (木)

Global Warming and the History of the Japanese Islands

 The Japanese archipelago is located diagonally from southwest to northeast in the mid-latitude zone of the northern hemisphere, approximately from 45 to 30 degrees north latitude and 145 to 125 degrees east longitude.

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温暖化と日本列島史

 日本列島は、およそ北緯45度から30度、東経145度から125度まで、北半球上の中緯度帯に、南西から北東にかけて斜めに細長く位置しています。その特異なロケーションが、慎ましやかなこの弧状列島に多様で豊かな自然環境と生態系をもたらしている自然地理学的前提です。

 この東西南北の広がりの影響は、日の出時間で札幌―鹿児島の約1時間20分の差となり、年間平均気温では、札幌―鹿児島の約10℃の差となっています。このどちらが生態系に強い影響力があるでしょうか。無論、年間平均気温です。

 従いまして、もし北半球で「温暖化」や「寒冷化」が進行しますと、日本列島の東西は対照的な影響がでます。約1万年続いた縄文時代は、前期から中期にかけて「温暖化」とそれに伴う「縄文海進」が進みました。紀元前5000頃に盛期を迎えた三内丸山遺跡では、青森湾が眼と鼻の先まで海進していました。広葉樹林の植生がもたらす豊かな堅果類(クリ、ドングリ、椎や栃の実)に加え、青森湾からの海の幸(魚介類)の動物性たんぱく質に恵まれ、最盛期に500名にのぼる「都市人口」が推計されています。ところが、縄文中期から後期にかけての「寒冷化」と「縄文海退」のダブルパンチで、急激に人口支持力が失われ、この「縄文都市」は捨てられます。列島全体でも東日本から西日本に人口の大移動があったと考えられています。そしてこれが弥生文明のはじまりとなりました。

 その後の列島の2000年史においても、歴史人口学の故速水融は、列島全体が寒冷化するとき、飢饉がより深刻化するのは東日本、温暖化では西日本を飢饉が襲っていると指摘しています。東日本の飢饉は、梅雨時から夏にかけての日照不足、冷夏によるイネ・農作物の不稔、病気による不作です。西日本の飢饉は、夏場の旱魃、水不足による不作、および大発生する虫害、蝗害、です。

 もし温暖化がすすみ、Peak Oil による人口支持力の上げ底の底が抜けてしまうなら、フォッサマグナ以西の西日本に、飢饉のリスクが高まる。これが列島史からの教訓です。

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